三省堂 発行書籍
「判断」をうながす文学の授業 ―気持ちを直接問わない授業展開

「気持ち」を直接問う旧態依然な文学の授業をどう変革するか。「思考力・判断力・表現力」を育てる授業に求められるのは「判断」をうながす発問である。小・中学校の文学の授業の新しい在り方を提案する。

  • 長崎伸仁・坂元裕人・大島光
  • 2016年 3月 30日 発行
  • 定価 1,980円(本体1,800円+税10%)
  • B5  144頁  ISBNコード 978-4-385-36338-7
  • 対象 小・中

著者紹介

長崎伸仁 (ながさき・のぶひと)

兵庫教育大学大学院修士課程修了。大阪府公立小学校教諭、大阪府教育委員会指導主事兼社会教育主事、山口大学教育学部助教授、同教授、同附属光小学校長、創価大学教育学部教授等を歴任して、現在、創価大学大学院教職研究科教授。国語教育探究の会(全国5地区)代表、全国大学国語教育学会理事。

坂元裕人 (さかもと・ひろと)

鹿児島大学教育学部卒業。兵庫教育大学大学院修士課程修了。鹿児島県公立小学校教諭、公立小学校教頭、町教育委員会指導主事、県教育庁総務課主査、県総合教育センター係長、公立小学校長、県総合教育センター課長を歴任し、現在、鹿児島市立玉江小学校長、九州国語教育探究の会代表。

大島 光 (おおしま・ひかる)

創価大学教育学部卒業。創価大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了。現在、創価大学学士課程機構助教、東京国語教育探究の会事務局長。

目次

まえがき
第Ⅰ部 理論編
 人物の心情を直接問わない文学の授業
第Ⅱ部 実践編1 小学校編
 1年  お手がみ     「比較」「選択」で思考を深化させる
    おおきなかぶ   「登場人物に着目」し判断をうながす
    実践のポイント  「比較」「選択」「判断」をうながす
 2年  きつねのおきゃくさま
             「比較」を生かした刺激的な発問で読解する
    かさこじぞう   「明暗スケール」で場面の変化を解釈する
    実践のポイント  「刺激的な発問」「明暗スケール」で解釈させる
 3年  わすれられないおくりもの
             「悲しみレベル」で「判断」をうながす
    おにたのぼうし   問いが生まれる発問で読みを深める
    実践のポイント  「選択肢」を通して読みを深めさせる
 4年  白いぼうし    スケーリングの活用で視点人物の心情に迫る
    ごんぎつね    中心人物と対人物の関係を判断させ心情に迫る
    実践のポイント  「スケーリング」「判断」で心情に迫らせる
 5年  雪わたり     「歌の分類」で物語の核心(主題)に迫る!!
    大造じいさんとガン
             「比較」と「選択」で読解する
    実践のポイント  「歌の分類」「比較」「選択」で物語の核心に迫らせる
 6年  海の命      「大きな発問」と「スケール」を用いた判断で読みを深める
    きつねの窓    「比較」を用いた読みの指導で思考の深化をうながす
    実践のポイント 「判断」「比較」で思考の深化をうながす
第Ⅲ部 実践編2 中学校編
 1年  少年の日の思い出 「どの程度か…」「一番の理由は…」で判断をうながす
    実践のポイント  「読みの重層化」と「選択式の発問」で心情に迫らせる
 2年  走れメロス    スケーリングで「信実」に迫る
    実践のポイント  「統計的手法」により「読み」の可能性を拓く
 3年  故郷       スケールで「判断」させ深い解釈へと導く
    実践のポイント  「スケール」により深い解釈をうながす
あとがき

「まえがき」より

今回、本書を刊行するにあたり、東京と鹿児島で何回かの学習会を行った。その意図は、従来の人物の心情を直接問う授業と直接問わない授業との是非について、教師の立場からと学習者の立場から、種々検討する必要があったからである。本書の執筆陣は20代~30代の若手教員が主体のため、当然のことながら教師用指導書を参考にしているメンバーもおれば、既にそれからは卒業して、自力で教材研究をしたり市販されている教育図書を参考にしたりしているメンバーもおればと様々であった。

 共通していたのは、理論編で述べた、「このとき○○の気持ちは……」と直接問うことが当たり前だと思っていたこと、そして、直接問わない場合は、表現活動に開いた学習を展開することが多い、ということであった。理論編で述べた「悪しき慣例」の最大の要素とした「文学教材の場合は、教材研究ができていなくても、気持ちを直接問うことで何とかその場をしのげる」といった本音は、学習会でも飛び出したことである。

 しかし、こういった授業であっても、子どもたちが文学作品を嫌わないのは、「あとがき」での「学習の内容ではなくて、作品そのものが好きなのです」と述べたある学生の反応がそのことを端的に言い当てていよう。逆に、同じ「読むこと」の学習である説明文教材の場合はこうはいかない。長崎が長年、大学生を対象に行ったアンケート調査一つを取り上げても、「文学が好き・文学教材の授業が好き」と答えた学生は毎年7割~8割に及んだが、「説明文が好き・説明文の授業が好き」と答えたのは2割~3割程度であったことからも窺える。かといって、「文学の学習そのものが楽しくて心に残っていたのではなく、教材そのものがもつ魅力が『好き』」ということに私たちは胡坐をかいていていいはずはない。

 ここ10年前後教員の需要が増え、20代、30代前半の若手教員が教育現場の主体となっている学校が多くなっている。私が青年教師であった時代は、民間教育団体の全盛の時期でもあり、学ぼうと思えばいつでもどこでも学ぶことができた環境にあった。勤務校においてもベテラン教師などから教材研究のイロハを教わったものである。しかし今は、私の教諭時代とは比較にならないほどの仕事量と、ベテラン教師とのコミュニケーション不足等のため、教材を見る目を養いにくい環境にあると聞く。であっても、「悪しき慣例」に流されないために、「発問のあり方」や具体的な「教材研究の手順」を示すことで、今後の教育活動の一助になればと思っている。

 私が人物の心情を「直接問わなくなった」原点は、「かさこじぞう」の授業からだと言ってよい。私が小学校の教員となった7 年目に、念願の低学年(2年)の担任となった。ターニングポイントになったのは次の発問である。

 「じいさまはどうして、『とんぼりとんぼり』なのですか……?」

 学級の子どもたちは、ばあさまの心情も汲み取りながら、実に30分前後も文章中の根拠に基づきながら、ああでもない、こうでもない、と活発に議論し始めたのである。私のそれまでの文学の授業とはまるで違う子どもたちの姿が目の前にあった。私は思わず、「君たちは素晴らしい。日本一の子どもたちだ!」と叫ばざるをえなかったことを昨日のことのように覚えている。

 それまでなら、「このとき、じいさまは、どんな気持ちだったでしょう」と訊ねていたが、あまりにも文学教材の発問のつまらなさにウンザリしていた私は、何かのキッカケがほしかった。もっと言えば、できれば、発問から「気持ち」という言葉を消してしまいたい、という思いになっていたのである。

 それ以後、私の文学教室の発問からは、「気持ち」という言葉が完全に消えた。消えた「効果」が子どもたちに如実に表れ始めた。「気持ち」という言葉を使わない方が、子どもたちは人物の心情を広くそして深く読めるようになった。「気持ちは……」からの発問は、「正答」を求めていたことに気づくことにもなった。そう考える「根拠」と「理由づけ」を求める発問こそ、「人物の心情を『直接問わない』発問」だと確信を持てるようになったのである。

 平成19年の学校教育法の一部改正により定義づけられたいわゆる「学力の3要素」は、その後若干テコ入れされたものの、「思考力・判断力・表現力」等の育成は、重要な要素の1つとされたままである。本書のタイトルとした『「判断」をうながす文学の授業 気持ちを直接問わない授業展開』は、学習者に「判断」をうながすことにより、「思考力・判断力・表現力」がともに育つという意図が込められている。そして、「判断」を起点にすることにより、人物の心情を直接問わなくてもよい文学の授業展開が構想できるのである。

 本書に収められている実践は、東京国語教育探究の会と九州国語教育探究の会の若手メンバーによるものである。本書を手にされた先生方に「いい刺激」を与えられることを切に願うものである。ご指導、ご批評をお願いしたい。

国語教育探究の会代表・創価大学大学院教授 長崎伸仁

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