三省堂 発行書籍
紙に刻まれた〈広島〉─ 原民喜『小説集 夏の花』を読む

作者自身が「稀有な体験の紀念」と記す『小説集 夏の花』。「このことを書きのこさねばならない」と心に呟き、「衰弱と飢餓のなかで」著した表題作他六篇を、8月6日の朝から75年を経た今、丁寧に読み解く。

  • 大高知児 著
  • 2020年 8月 6日 発行
  • 定価 2,800円+税
  • 四六判  256頁  ISBNコード 978-4-385-36588-6
  • 対象 小・中・高・一般

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著者紹介

大高 知児 (おおたか・ともじ)

1954 年東京都生まれ。中央大学大学院文学研究科博士課程(後期)中退。現在、中央大学全学連携教育機構兼任講師。専攻は、近・現代の日本語文学。
【主要著書】『「神聖喜劇」の読み方』(編著 晩聲社 1992年) 。

目次

第一章 「夏の花」 作者は「原子爆弾」による惨状をどのように「記録」したのか

はじめに─「夏の花」という「記録」
一 第1章段─八月四日の記憶と戦時下の広島市
二 第2章段─被爆の瞬間の「記録」
三 第3章段─被災者への眼差しと「記録」をする決意、そして背後に揺曳する〈死の影〉
四 第4章段─八月六日、被爆後の出来事と「私」が遭遇した人々
五 第5章段・第6章段─八月七日、八日の「施療所」周辺の光景
六 第7章段・第8章段・第9章段─「馬車」から見た情景と「八幡村」での出来事
七 第10章段─「N」の体験を書き記す「私」
まとめ─「夏の花」への昇華

第二章 「廃墟から」 作者は「廃墟」という言葉をなぜ選び取ったのか

はじめに─「廃墟」という言葉と広島
一 「廃墟」に辿り着くまで(1)─車窓の景から回帰する記憶
二 「廃墟」に辿り着くまで(2)─「猿猴橋」がもたらしたもの
三 別の〈仮構的小宇宙〉から(1)─「廃墟」という認識の基底にあるもの
四 別の〈仮構的小宇宙〉から(2)─「廃墟」という言葉の異なる使われ方
五 「廃墟から」における言葉の選択(1)─「焼跡」という語について
六 「廃墟から」における言葉の選択(2)─「廃墟」という語が意味すること
七 〈廃墟から〉という題名が示すもの

第三章 「壊滅の序曲」 『小説集 夏の花』の「三部作」はどのように完結したのか

はじめに
一 「本川橋」の明と暗
二 「この街」への愛着と隔意
三 「この街」を流れた時間
四 八月四日の「森製作所」の「今」
五 「三部作」における「壊滅の序曲」の意義

第四章 「小さな村」 「ひだるい」時空間と『小説集 夏の花』の「後記」

はじめに
一 八幡村という場所
二 「小さな村」における一九四五年─「廃墟から」との相違
三 「小さな村」における一九四六年と「今」─「後記」の記述の重さを支えるもの

第五章 「昔の店」 「物産陳列館の円まる屋根」はどのように見えたのか

はじめに─新旧詩碑の建立地
一 「昔の店」の視点人物
二 静三にとっての「昔」の「店」
三 「物産陳列館」の「イルミネーション」
四 夕暮れの「物産陳列館」と「今」につながる「店」

第六章 「氷花」 疲弊の中の幽き希望と『小説集 夏の花』の題辞

はじめに
一 「新しい人間」を求めて─一九四六年の東京の「彼」
二 「新しい人間」との遭遇─連なりゆく想念
三 「氷花」と題辞─『小説集 夏の花』の構成

資料編

資料A 「原爆被災時のノート」
資料B 「夏の花」初出本文と 『小説集 夏の花』所収本文との異同
資料C 一九四五年一〇月一二日附永井善次郎(佐々木基一)宛の書簡
初出一覧

 本書は、原民喜の『小説集 夏の花』に収録された六編の小説について、著者なりの読み方を提示したものである。当然のことながら原民喜の実像に触れる機会もなく、その虚像すら十全に把握し得てはいないが、六編の小説の読解を通じて、一九四九年の二月に能楽書林より『小説集 夏の花』を上梓した頃の人物像については、朧気ながら浮かんできてはいる。心の支えであった妻を失ったことによるものか、広島における過酷な被爆体験がもたらしたものなのか、それとも生来の生活力の欠落によるものなのか、ともかく疲弊している身体のもとで、筆を執る意欲だけは枯渇していない男がそこにいる。何かを書き残す以外に生きている証を示すことができない男とでも言えようか。そうした人物の情念が凝集した一冊が『小説集 夏の花』である。
 本書では、原民喜が作品世界を構築するにあたり、選び取った一つ一つの言葉を吟味することに努めた。併せて、作品の基底にある、原民喜が生きた時間や身を置いた場所についても可能な限り調査をして、物語の分析への活用を試みた。第一章から六章はそれぞれ独立した形式になっているが、『小説集 夏の花』の形成という点で、緩やかに連関している。
 第一章では、表題作でもある「夏の花」について、原子爆弾による災禍の「記録」という観点から考察した。作品「夏の花」について、原民喜が被爆直後に記した「ノート」や永井善次郎(佐々木基一)宛書簡の記述とを対照させ、併せて広島市や原子爆弾に関する文献・資料を踏まえて、評釈的な記述形態を用いた。第二章では、被爆後の生活を描いた作品「廃墟から」において、物語の中の「廃墟」という言葉の意味するところを中心に論述した。第三章では、作品「壊滅の序曲」における被爆直前に至るまでの時空間について検討すると共に、「夏の花」三部作の構成意図についても考察した。第四章では、原民喜の避難先での過酷な体験を基にした作品「小さな村」の「飢えと業苦の修羅」という事象と『小説集 夏の花』の「後記」の記述内容との関係について言及した。第五章では、家族と家業との移り変わりを回想する形式の作品「昔の店」において「物産陳列館の円まる屋根」(後の〈原爆ドーム〉)への眼差し方を中心に物語を解析した。第六章では、原民喜が避難先から東京へ転居した後の経験を踏まえた作品「氷花」における「新しい人間」への微かな希望ということと『小説集 夏の花』の題辞との連結について論じた。
 本書で使用する『小説集 夏の花』の収録作品の本文および頁表記については、岩波文庫版『小説集 夏の花』(一九八八年)に拠っており、同書からの引用における断り書きなき傍点については、引用者が付したものである。なお、必要に応じて能楽書林版『小説集 夏の花』を照らし合わせた。『小説集 夏の花』収録作品以外の小説・随筆・書簡などは、『定本 原民喜全集Ⅰ〜Ⅲ』(一九七八年・青土社)に拠っている。引用した文献の書名・本文などの表記については、旧字体を新字体に改めることを原則としたが、仮名遣いは原文通りとした。また、注番号については各章ごとに付しており、それぞれの注記は各章末にまとめてある。

 二〇二〇年の春、本書の最終的な文言の確認作業をしていた私は、都内に身を置いたまま「新型コロナウイルス」問題の渦中にあった。
 感染拡大を防ぐためには、いわゆる「三密」を避けることが必要とされ、まずほぼ総ての「学校」が休校となった。「不要不急の外出」や「都道府県をまたぐ移動」が制限されるとともに、「通勤」という「移動」を抑制すべく、官公庁をはじめ多くの企業が「在宅勤務」を採り入れた。多数の人間が集まる「場」としての公共施設、レジャー施設、商業施設、飲食店等々が、暮らしや経済の問題を度外視した形での「自粛」(=休館・休業)を余儀なくされた。あらゆる人々が、従前とは異なる「日常」を模索せざるを得なくなった。また同時に、一部の人々によるものではあるが、「自粛警察」と呼ばれるような過剰な「正義感」が、現実社会でもネット上でも激しく振りかざされたりもしていた。
 そうしたとき、ふと「廃墟から」の中の「何か広島にはまだ有害な物質があるらしく、田舎から元気で出掛けて行った人も帰りにはフラフラになって戻って来るということであった」という一節が思い浮かんだ。これは、広島で被爆して避難していた八幡村において、作中人物の「私」が一九四五年九月に伝え聞いたという事象である。
 情報がそれなりに行き渡っているはずの二〇二〇年にあっても、日々発表される「感染者」の数に関心が集まり、その値が大きいとされた地域に対する人々の印象や眼差しは、「廃墟から」のこの一節に類するものであったような気がする。直接的に眼にすることのできない「有害」なものへの恐怖、知らず身体を蝕んでいくことへの不安、そうした感覚が、被爆後の広島の深刻な状況を私に強く思い起こさせたのかも知れない。
 ところで、本書が形をなすそもそものきっかけは、今から一五年前、三省堂の発行する高等学校国語教科書の編集会議の場であった。
 私は編集委員の一人として、収録すべき作品の検討や教材化に向けた議論に参加していた。詳しい経緯は失念してしまったが、原民喜の「夏の花」が候補にあがり、結果として同作を採録することが決まり、私がその教材化を担当することになった。恥ずかしながら、それまで原民喜については、文学史レベルの知識を有している程度であり、「夏の花」をはじめとして諸作品を精読したこともなかった。まさに何も語るべきものがない状態からの出発であった。
 爾来、東京にあっては、原民喜の作品を腰を据えて読み、原民喜やその作品に関する書籍・論文に眼を通し、毎年のように広島市に赴いては、平和記念資料館・中央図書館・公文書館・郷土資料館・古書店などで関連する文献・資料を求めていく、というような活動を断続的に行ってきた。その結果、「夏の花」の読解ということを基点としつつ、連関する作品にも必然的に眼を配るようになり、その過程で、自分なりの考えがまとまると、勤務先であり、母校でもある中央大学附属高等学校や中央大学の紀要などにおいて活字化してきた。
 作品「夏の花」に関する私の基本的な読みの方向性がある程度定まった時分であるから、二〇一〇年頃だろうか。畏友・岩﨑昇一氏(彼も同じ教科書の編集に携わっていた)より、一九四九年発行の能楽書林版の『小説集 夏の花』を私は恵贈に与った。聞けば、かなり以前に吉祥寺の古書店で偶然手に入れたとのこと。今から思うに、やや時代を帯びた『小説集 夏の花』を図らずも落手したことが、本書の構想の原点になったのである。
 この度、縁のある三省堂から本書を上梓することができた。今後、『小説集 夏の花』に収録された作品と接する人々が、より豊かに、より深く読む、そのための一助になれば幸いである。

  二〇二〇年(核時代七五年)八月

大高 知児

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