三省堂 発行書籍
学校における対話とコミュニティの形成

お互いをどう活かし、自分はどう生きていくのか。人とつながって善く生きるとはどういうことか。対話を基盤としながらよりよい生き方、在り方を協同で探求するための、実践的シティズンシップ教育論。 アメリカの教育学者・心理学者で道徳性発達理論の提唱者、コールバーグの「ジャスト・コミュニティ」をめぐる論考です。教育方法論を研究する立命館大学准教授の荒木氏は、ミャンマーや東北の子どもたちと対話を重ねながら、子ども参加のコミュニティ形成に尽力する実践家でもあります。

  • 荒木寿友
  • 2013年 3月 25日 発行
  • 定価 2,800円+税
  • 四六判  352頁  ISBNコード 978-4-385-36600-5

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目次

はじめに
序章

<第1部 ジャスト・コミュニティにおける諸概念の分析>

 ■第1章 道徳教育における諸理論
  [本章のキーワード:品性教育 価値明確化 道徳性発達理論 仮説ジレンマ授業 リコーナ 発達段階]

   COLUMN① 現在の日本の道徳教育の動向

 ■第2章 隠れたカリキュラムと道徳的雰囲気
  [本章キーワード:判断と行為の関係 隠れたカリキュラム 形式と内容の関係
   正義のカリキュラム 道徳的雰囲気 ジャスト・コミュニティ 民主主義]

   COLUMN② 学びの環境をデザインする

 ■第3章 デュルケムの道徳教育論とジャスト・コミュニティ
  [本章のキーワード:デュルケム コールバーグ理論との相違]

   COLUMN③ 子どもの権利条約──子どもの参加に焦点を当てて

 ■第4章 ジャスト・コミュニティにおける正義とケア
  [本章のキーワード:認知と感情 ギリガン 人間尊重の原理 ジャストコミュニティアプローチ]

   COLUMN④ 人が「やる気」になるとき──動機づけ

<第2部 ジャスト・コミュニティというダイナミズム>

 ■第5章 ジャスト・コミュニティにおける対話の本質
  [本章のキーワード:対話 対話概念の本質 ハーバーマス ロジャース的な傾聴
    教育的対話 道徳教育への可能性]

   COLUMN⑤ 対話について──会話と対話、そして議論

 ■第6章 対話のストラテジー
  [本章のキーワード:ディベート モラルディスカッション 対話のストラテジー]

   COLUMN⑥ 対話を進めるいくつかのアプローチ

 ■第7章 集団の発達段階と教育評価
  [本章のキーワード:集団の発達段階 個人の発達段階 評価論 ポートフォリオ評価法 指導と評価の一体化]

   COLUMN⑦ 自己評価と自己肯定感

 ■第8章 ジャスト・コミュニティにおける教師の役割
  [本章のキーワード:教師の役割 促進者 教師の権威 対話の促進者としての役割 カウンセラー]

   COLUMN⑧ 教師とファシリテーター──両者に存在する「子ども観」

終章 ジャスト・コミュニティの再構成

おわりに
引用文献・参考文献一覧
人名索引
用語索引

はじめに

ローレンス・コールバーグ(Lawrence Kohlberg:1927?1987)は、道徳性の発達段階を提唱したことで世界的に著名な心理学者の一人です。従来の道徳教育が、いかにして善いことや正しいことを人間に教え込んでいくかということに力点を置いていたのに対し、コールバーグは善いことや正しいことと考える背景にはどのような思考の形式があるのかについて研究を行いました。ある事柄に対して、正しいあるいは間違っていると二面的に私たちは判断しますが、その背後にある理由付けを探ると、そこには思考の発達的な構造があることを明らかにしたのです。

 この道徳性の発達段階は世界中に衝撃を与え、アメリカのみならず世界のあらゆる場で実践されるようになります。仮説ジレンマ授業(日本ではモラルジレンマ授業)と呼ばれるディスカッションを主としたこの実践は、道徳の内容を教えるということよりも、思考そのものを発達させることに焦点を当てた新しいアプローチとなりました。しかしながら、コールバーグは思考の発達を狙うだけでは子ども達の行為を変えるまでには至らないことを感じ始めます。また当時のアメリカの青年の問題(ドラッグ、暴力、窃盗など)には、やはりある一定の価値内容を伝えることが必要であるとも感じていました。

 どのようにすれば子ども達が判断に基づいた行為を行うことができるのか、また「教え込み」にならずに価値内容を伝えることができるのか、その結果考案されたのが本書で扱うジャスト・コミュニティという実践です。個人の思考判断だけではなく、コミュニティという協働の関係性をいかに構築していくか、ディスカッションではなく対話によって関係性を構築していく中でコミュニティ形成がなされ、そのコミュニティをよりよいものにしていくために個人がいかに関わるか、これがジャスト・コミュニティの大きな柱になっており、「対話」と「コミュニティ形成」が本書を貫くキーワードとなっています。

 コールバーグが1987年に60歳という若さで他界してから、すでに25年以上もの歳月が経ちました。その四半世紀の間に、世界は大きく様変わりしてきました。人口の増加、地球環境の変化、気候変動、エネルギー問題、世界の政治、金融・経済の浮き沈み、移動性の変化、食糧や水の問題、寿命の変化、インターネットをはじめとする新たな情報社会の登場、新しい機器の開発など、あげていけばきりがありません。

 では学校は社会の変化に応じて、大きく変わったでしょうか。社会が変わり、その影響を強く受ける私たち大人も、そして子どもも変わってきているのに、学校の教育はそれほど大きく変化したとはいえないのではないでしょうか。「変わらずにいること」も、一方において大切なことであると承知していますが、5年前の最新の知識が今やすでに時代遅れとなってしまうのが現状です。また学問の世界も、世界のイノベーションも、「当たり前」を問い直すことで発展してきています。

 ここから鑑みるに、個人が知識をどれだけ多く獲得することができるかということが教育の至上命題であり続けるよりも、どれだけ他者と協力しながら新しい知識や価値を創造していくかという教育にシフトする岐路に私たちは立っているような気がします。つまり、知識を獲得するという学習観から、協働の中で知識を創造するという学習観へのシフトです。それは同時にコールバーグの研究領域に結びつけて考えるならば、単純に善悪を教えるというよりも、なぜそうなるのかを関わる人々で問い直す必要が出てくることにつながります。さらにいうならば、道徳の知識を教え込むだけの教育から、対話を基盤としながらよりよい生き方、在り方を協同で探求する道徳教育へのシフトといえるのではないでしょうか。

 本書で取り上げているジャスト・コミュニティ・アプローチは、このシフトをどう実施していくかについて非常に示唆に富む理論であるといえます。理論上も実践上も、さらに込み入った議論の余地はあると思いますが、本書を契機として「対話」と「コミュニティ形成」が教育現場により一層位置づけられていく一助となればと考えています。一人でも多くの教育関係者が、この取り組みに関心を寄せてくれることを望んでやみません。

荒木寿友

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