星槎大学共生科学部客員教授。
1966年東京生まれ。外務省経済局,欧亜局,在フィンランド日本国大使館在勤,在エストニア日本国大使館勤務ののち退官。OECD・PISA読解力調査専門委員,公益財団法人文字・活字文化推進機構調査研究委員,東京芸術文化評議会専門委員,横浜国立大学大学院工学府非常勤講師,日本教育大学院大学学校教育研究科客員教授などを経て,2017年より現職。
主な著書に『苦手なあの人と対話する技術』(東洋経済新報社,2014年),共編著書に『ニッポンには対話がない』(三省堂,2008年),『フィンランドの教育』(フォーラム・A,2016年)などがある。
横浜国立大学名誉教授。
1950年横浜市生まれ。国公立の中学校・高等学校教諭,福井大学,静岡大学,横浜国立大学を経て,定年退官。文部科学省中央教育審議会教育課程企画特別部会委員,同高等学校部会主査代理,総則・評価特別部会委員などを歴任。現在,中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会委員。
主な著書に,『変わる学力,変える授業。』(三省堂,2015年),『評価が変わる,授業を変える』(三省堂,2019年),共編著書に『資質・能力を育成する学習評価─カリキュラム・マネジメントを通して─』(東洋館出版社,2020年)などがある。
まえがき
第1章 フィンランドの教育の虚実
第1節 日本の学校教育へのフィンランドの教育の影響
1 日本における教育内容の変化
2 OECDのPISAが求める資質・能力
第2節 なぜ,フィンランドはPISAで成功したのか?
1 フィンランド詣
2 フィンランド教育庁の見解
第3節 「虚像」から見える「実像」
1 知られざる国フィンランド
2 フィンランドの教育にまつわる「誤解」
─そこから見える「実像」
[余談]「フィンランド・メソッド」
第2章 日本とフィンランドの教育のこれまで
第1節 日本の学校教育の歴史概念
1 日本における近代教育の始まり
(1872年~1945年)
2 戦後の学校教育が求めた学力観
(1945年~1977年)
3 学力観の転機のきざし
(1977年~2000年)
4 PISAによる学力観の転換
(2000年~)
第2節 フィンランド教育史
1 スウェーデン統治時代の教育
(1115年~1809年)
2 ロシアの自治大公国時代の教育
(1809年~1917年)
3 独立以降の教育(1917年~)
4 教育課程基準
第3節 現行版教育課程基準の目指すもの
──学校文化・指導の文化・学習の文化を変える
1 コンピテンシー(資質・能力)・ベース
2 学校評価~教科学力の評価と,汎用的な資質・能力の評価
第4節 日本におけるプロジェクト学習・トピック学習
1 日本の学校教育における教科の枠を超えた学び
2 「総合的な学習の時間」の意味するもの
第3章 世界的潮流の中のフィンランドとその教育
第1節 第二次世界大戦以前──大国に翻弄されてる歴史
1 スウェーデン,そしてロシアとナポレオン
2 自治と言語闘争,ロシア化,そして独立
3 ドイツへの接近,そして戦争
第2節 国家の再興と新教育制度の開始──ソ連と北欧諸国の影響
1 国際情勢
2 国内情勢と新教育制度をめぐる論争
第3節 世界的な課題の共有──国連,欧州(EU),OECDとともに
1 多様性
2 生きるための知識と技能(生きる力)
3 生涯学習
第4章 フィンランドの教育の「いま」
第1節 フィンランド教育庁・学校訪問記
■2016年度調査
1 教育庁訪問
2 学校訪問
■2017年度調査
1 教育庁訪問
2 学校訪問
■2018年度調査
1 教育庁訪問
2 学校訪問
第2節 フィンランドの学校訪問から
1 日本の学校教育における授業研究の価値
2 フィンランドの就学前教育のよさ
3 フィンランドのクラスサイズと支援教育
第3節 フィンランドにおける学校評価
1 学習評価のつけ方と用い方
2 学習評価の伝え方
3 フィンランド教育庁における学習評価の説明
[余談]フィンランド語表記の読み方について
第5章 フィンランドの教育が語るもの
第1節 これからの学校教育に求められるもの
1 日本の学校教育における資質・能力(学力)育成の現状
2 変わるフィンランドの学校教育
3 フィンランドの高校修了認定試験
4 フィンランドの汎用的な資質・能力
第2節 日本の教育の現状
1 時代の変革期にある日本の学校
2 フィンランドの教員と日本の教員
第3節 教科等横断的な資質・能力と汎用的な資質・能力
1 学校で育成を図る資質・能力の方向性
2 教科等横断的な資質・能力
3 汎用的な資質・能力
第4節 次代に生きる子どもたちに必要な資質・能力
1 時代による学力(資質・能力)観の変化
2 次代が求める資質・能力
第5節 次代をフィンランドの教育に学ぶ
1 フィンランドの教育と日本の教育との間に
2 フィンランドと日本の教育の立ち位置
[余談]「読解力」─読解リテラシー(Reading Literacy)とは
第6章 これからの時代に求められる資質・能力
第1節 日本の学習指導要領改訂とそこで求める資質・能力
1 時代変化と資質・能力(学力)観の転換
2 学習指導要領における学力(資質・能力)観の転換
3 資質・能力(学力)観の転換が意味するもの
第2節 時代潮流の中での資質・能力観の転換
1 時代が求める資質・能力観への転換
2 日本の学校教育が育成を目指す資質・能力
3 2030年までに目指す教育のモデル
第3節 フィンランドの教育の今後の課題
1 事件,そして課題
2 増加する移民
3 進まぬ理解
◎用語ミニ解説・掲載図表一覧
あとがき
本書は,フィンランドの教育を先行事例として参照することにより,日本の教育の進むべき方向を考察するものである。
いまさらフィンランド教育? 疑問に思われる向きもあるかもしれない。日本では一時期「フィンランド教育ブーム」「フィンランド詣」といった現象があり,そのときに,フィンランドの教育については語りつくされた感があるからだ。
しかし,外務省でフィンランドを専門領域としてきた筆者にとって,当時のフィンランド教育ブームを実感したのは,「日本人にとってフィンランドは遠い国である」ということだった。フィンランドの事情が知られていないために,その教育についても,さまざまな誤解や曲解を経て伝えられたからである。
また,これはかつての筆者自身にもあてはまることなのだが,フィンランドの事情を知る者であっても,必ずしも教育の専門家ではないために,うまく伝えきれないことが多々あった。例えば「学習指導要領」「資質・能力」「学習評価」などの用語や概念は,教育の専門家以外にとっては「遠い世界のことば」なのである。こういった用語や概念に通じていなければ,それほどフィンランドの事情を知る者であっても,その教育について正確に伝えることは難しいだろう。
本書は,新学習指導要領の審議にも深く携わってこられた髙木展郎先生を共著者に迎えることによって,以上の課題を克服するとともに,フィンランドの教育を参照することによって日本の教育の未来を見通すものになったと自負している。では,なぜフィンランドの教育を参照すると,日本の教育の未来が見通せるのか?――これについては,本書をじっくりと読んだうえで,考えていただけると幸甚である。
北川 達夫
フィンランドの教育が注目を集めたのは,2000(平成12)年のOECDのPISAで優秀な成績を収めていたからである。以後,フィンランドの教育は,世界の注目を集めるようになり,さまざまに紹介されるようにもなった。そして,日本からの多くの教育視察が
フィンランドを訪れるようになった。
しかし,フィンランドの教育について語るとき,それがフィンランドの一部をみてのものであったり,英語訳をしたフィンランドの文献からフィンランドの教育を語る場面もあったりする。そこでは,正確性を欠くものや内容の取りちがえ,十分な紹介にはなっていないものも,ないとはいえない。
私たちは,本書を執筆するにあたり,2016・2017・2018年度の3年間にわたり,ヘルシンキ周辺の小学校,中学校,高等学校,ヘルシンキ大学,教育課程基準を作成しているフィンランド教育庁を訪れた。教育実践と教育理論,行政の立場,それぞれを見学し,交流した。インタビューを通して,フィンランドの教育改革の「内実と実像」を明らかにしようと試みた。
今のフィンランドの教育改革は,2016(平成28)年に始まり,その方向は,日本の教育改革の方向性ともかなり似ており,日本よりその内容は2年先行して行われている。そこでの成果は,日本の学校教育のこれからの方向を試行しているともいえるため,フィンランドの教育は,今後の日本の学校教育の指針となりうると考えた。
さらに,「各教科目と汎用的な資質・能力」(図10,p.149)として示されている7つの汎用的な資質・能力は,教科等を横断した教科の内容の具体ではなく,学校教育の内容の総体として,そこから「じわーっとしみ込む」資質・能力の内容となっている。日本の学校教育においても,このような資質・能力の育成が,次代の子どもたちの資質・能力として重要となる。
大学入試に関しても,また,学習指導委容量の実施に向けて,今,日本の教育は,変わろうとしている。
戦後の日本の教育は,高度成長を促進し,豊かな日本を作り上げた。しかし,その状況は変わろうとしている。これまでの社会システムのままでは,見本そのものが立ち行かなくなってきている状況が出現しつつある。
教育は未来を創る。それゆえ,これまで優れているとされてきた日本の教育を再構築しなければ,これからの世界の中で立ち行かない状況にもなっている。その一つの現れとしてPISA2018の読解リテラシーの結果がある。そこでは,日本の学校教育の現状が,ある意味明らかになったともいえよう。
PCの使用状況とともに自由記述形式の問題では,これまでと同様,根拠を示しながら自分の考えを説明することに課題が見られた。また,子どもたちの読書量の減少に伴って語彙も減り,自分の言葉で文章を書くことに苦手意識が認められた。
学校の授業では,まとまった分量の文章を書く機会が少なく,中学校や高等学校では,ノートへの記述ではなく,ワークシートの空欄に語句や短文を記入する活動が多いのも実情である。そこには,知識偏重の暗記型入試がいまだに多いことも影響している。それゆえ,これまでよしとして行ってきた教育からのパラダイムシフトが,今,求められている。
状況を変えるためには手間と時間がかかる。子どもたちが,「正解は一つではない」「人と考えが違っていい」と思えるようなが学習環境を整え,ふだんから書く活動に力を入れていかなければ読解リテラシーの向上を図ることはできない。
2020(令和2)年度から小学校・中学校・高等学校で順次実施される新学習指導要領は,こうした課題を意識し,実社会・実生活に即した思考力・判断力・表現力の育成を重視している。
PISAで示されている資質・能力の育成は,世界の潮流であり,日本の学校教育においても,一層の育成を図ることも重要となる。
教育は時代状況の中に存在する。未来に生きる子どもたちに,未来に培う教育を行うことは大人の責務である。そのために,フィンランドの教育と日本の教育の歴史を視点として,「明日の教育への道しるべ」を探ることを本書で行った。
本書の共著者である北川達夫先生は,外務省の職員としてフィンランド大使館に勤務されたご経験もある。フィンランド語に関して非常に堪能であり,また,教育研究者でもある。それゆえ,フィンランドでの教育の実情を的確な訳で,さらに,教育学的観点からも的確かつ正確に翻訳されたフィンランドの教育の内実と実像として,本書で紹介することができた。
先述したように,これまで,日本においてフィンランドの教育が紹介されるとき,フィンランド語からの直接の翻訳ではなく,一度英語訳にしたものから語られる場合もあり,ニュアンスや内容が翻訳によっては異なることがあった。
本書では,フィンランドの教育の実態と実情,内実と実像を,今日のフィンランドで行われている姿として伝えるべく,できる限りフィンランドの教育の実情に即した記述に心がけた。
本書の完成にあたっては,株式会社三省堂の五十嵐伸さんに,多大な尽力を賜りました。
心より,感謝申し上げます,
2020年1月
髙木 展郎
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