三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.2 話し方は自分らしさを表現するアイデンティティの表出

大島希巳江
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授、「NEW CROWN」編集委員

2017年01月25日

アメリカ英語を話す日本人の悩み

私自身の経験では、ネイティブ・スピーカーのような英語というよりは,自分らしい英語を使うのがよい、と実感しています。高校、大学時代をアメリカで過ごした私の英語は、発音も表現も話し方もかなり強くアメリカ英語の影響を受けていました。そして学生のころはそれで良いと思っていました。そのころは日本とアメリカにしか住んだことがなく、世界を知らなかったからです。

 

その後、英語落語のパフォーマーとして世界各国をツアーで巡るようになり、自分が使う英語に対する考え方がガラリと変わりました。きっかけはシンガポールで公演をした後、打ち上げのパーティーで観客の一人に言われたコメントでした。

 

「本当に素晴らしい公演でした。楽しかった、面白かった。落語は本当に素晴らしいです。でも一つだけ不思議なことがあります。あなたは日本人なのになぜアメリカ英語を話すのですか? 日本人なら日本人らしい英語を話すべきです。アメリカのマネをする必要はないでしょう?」

 

これは当時の私には衝撃的でした。日本やアメリカでは、「英語がお上手ですね」としか言われたことがなかったからです。そして、日本人として日本の伝統芸能である落語を世界に紹介してまわる人間として、自分がアメリカ英語を話すことを一時期は恥ずかしいとさえ思いました。

 

それからしばらくは、どのような英語を話すのが自分らしいのか、悩みました。強かったRの発音を軽くしたり、略語を使わないようにしたり(going toをgonna、have toをhafta、のように話していたのを略さないようにする)、テンポを日本語のものに合わせたり、といった工夫をして,日本人らしい発音に変えてみたりしました。

 

ほかにも,話すスピードを変えてみたり、アメリカ特有と思われるイディオムや表現を使わないようにしたり、試行錯誤したものです。少なくともステージ上(高座)ではそうする必要がありました。アメリカや日本で公演をするぶんには,アメリカ英語を使っていても観客からクレームがくることはありません。

 

しかし,英語落語の海外公演は、英語圏ばかりへ行くわけではなく,むしろそれ以外の国へ行くことのほうが多いのが実情です。マレーシア、パキスタン、インド、タイ、フィリピン、ブルネイ、ノルウェイ、ベルギー、ドイツ、トルコ、ブルガリア、イスラエル…、その他オーストラリアやイギリスなどの英語圏でも、「なぜこの日本人はこんなにアメリカくさい英語を話すのだろうか?」と思われ、それがパフォーマンスを純粋に楽しむ上で邪魔になることが懸念されました。

誰にでもわかりやすい英語を話すこと

言っていることをわかってもらえなければ、話している意味がないので,どの国の誰にとっても聞き取りやすい、わかりやすい英語である必要があります。英語にしてもコミュニケーションにしても、「発音がネイティブのようである」ことや「途切れることなくぺらぺらとたくさんしゃべる」ことはあまり重要ではなく、相手に伝わるということが最優先であり、次に自分らしさがことばに表現されることが大切だと考えています。ことばや話し方にはその人の出身地、年齢、性別、教養、性格さえも現れます。

 

たとえば日本語にもさまざまな方言があり、どの地域の出身であるかということは、その話ことばからわかることがあります。「どうも、おおきに」と言う人に出会ったら、「関西の出身ですか?」と会話が続きます。

 

これは英語でも同様で、地域によって特徴があります。英語圏の中でもありますが、英語を第二言語もしくは公用語として使っている地域にも彼ら・彼女らなりの英語があります。

 

たとえば,英語を公用語として使っているシンガポールでは“Thank you, lah!”と言うのが一般的です。語源は中国語と言われています。中国語では語尾を和らげ、表現をやさしくする機能を持っており、シンガポールの英語でも同様の効果があります。日本語の「~でしょ?」や「~ね?」に近い表現です。最近、本当に多くの日本人が英語の語尾に「~ne?」や「~desho?」をつけて話す場面にでくわします。日本人らしい英語の一例です。

 

このように,lahは地域の特徴であるといえます。相手が使うことばから出身地や人となりがわかるというのは自然なことです。

 

また,相手を知ることはさまざまな人とコミュニケーションをとるうえでの楽しみの一つでもあり,多くの場合、話しことばから自分の出身や特徴を相手が当ててくれるとうれしくなります。英語を話すときに自分らしさを失ってしまうと、おしゃべりをしている相手にとってもつまらないということになります。シンガポールの人たちはシンガポール出身であるということを誇りに思っています。彼ら・彼女らの話し方から「あら、シンガポールの方ですね?」と相手がわかると、そこから話題がどんどん膨らんでいく可能性があります。

 

このように世界の人々はさまざまな英語が存在することを知っていますし、そのことに慣れているので,それぞれの英語の特徴を楽しむことができます。私たちもどのような英語が自分らしいのかを考え、いろいろな英語を楽しめるようになるといいですね。

どの言語を話していても自分らしいということが理想

どのような話し方が自分らしいのかを自分で決めて使うことは,日本語であれば比較的簡単なことで、無意識のうちにやっていることです。「私」、「あたし」、「うち」、「○○(自分の名前)」、「俺」、「僕」、「わし」、「自分」など、さまざまな言い方がある中で、自分のことをどう呼ぶのが自分らしいのかを考え,自分らしさを表現するために言葉を選んでいるはずです。このようなことが英語でもできるようになると、英語が自分のものになったといえます。

 

さて、英語落語の海外公演も20年近くやっていることになりますが、結局どのような英語を使って公演しているかというと、「自分オリジナルの英語」といったところかもしれません。発音はシンプルに、r を強く発音しない、英語のリズムではなく自分のリズムで話す、略語は使わない、などいくつかの基本ルールはありますが、自分オリジナルの英語が話せているとだんだん感じるようになってきました。さまざまな経験を重ねて、私の英語も変化しつつあり,常にその時その時の自分らしさを表現していると思います。

 

現在でもまだまだアメリカ英語に聞こえるとは思いますが、それは10代、20代の一部をアメリカで過ごした人間、という私個人のアイデンティティの表出として受け入れています。人間は歳や経験を重ねていくことによって変わっていきます。ということは、アイデンティティが変われば話し方が変わるのも当然です。小さい頃は自分のことを「みっちゃんはね、」と言っていた子がだんだん大きくなって「僕ね」「俺はさあ、」そして「私が思うに、」やがて「わしはいやじゃ!」と変わっていくように…。人間が進化し続ける限り、使う言葉も進化し続けていくのです。

 

自分らしい話し方を発見することは、母語でさえ難しいこともあります。それでも母語であれば無意識のうちにさまざまな選択をしながら、自分らしい話し方を形成していくものですが、第二言語となると、もう少し意識的に考えて自分の中で決めていく必要があるでしょう。

プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ 神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授、「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典,新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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