大島希巳江
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員
2024年09月02日
日本の「お笑い」と英語の「コメディー」を聞いていると、テンポの違いに気がつきます。「お笑い」の方は間が多かったり、少しゆっくりしゃべっていたり、全体のリズムがゆったりしているように感じます。一方で「コメディー」ではコメディアンが息つく間もなく、機関銃のように早口でしゃべり倒すという印象です。主に「お笑い」は2人組の会話調で進み、「コメディー」は一人語りで進むことから考えると、これは当然と言えます。
日常の会話では話者交代(turn taking)という作業が行われていて、話し手と聞き手がしゃべる順番を交代しながら会話をすすめていきます。この話者交代のタイミングやきっかけによく使われるのが、小さな沈黙である「間」です。もちろん、アイコンタクトで合図をする、「ちょっといい?」など割り込みのキューを出す、相手に質問をする、などの方法で話者交代をすることもあります。しかし、いずれの場合も少しの「間」が生じることが多いのです。つまり、話者交代をするということは、「間」ができるということであり、話者交代を頻繁に行えば「間」の回数が増えることになります。
沈黙や「間」の解釈の違い
英語圏を含むいくつもの文化圏では沈黙を嫌うゆえに、会話の中で沈黙や間を避けようとする傾向があります。多文化社会においてその傾向が強いようですが、理由の一つに、人によって沈黙の解釈が異なるということがあると思われます。多文化が存在する社会では、会話をしている人々がお互いに同じ文化圏出身とは限りません。言語も文化も社会も異なる人々の集まるところでは、言葉以外の非言語メッセージは多様な理解が可能なので誤解が生じやすいものです。特に沈黙や間は気まずいものと理解されることが多く、相手の話に関心がない、相手の意見に反対している、怒りや敵意の感情がある、言いたくない秘密があるなど、ネガティブなメッセージを含むことがあります。そのため、間を作ることで相手にあらぬ感情を持たせないよう、言葉で沈黙を埋め尽くすし、極力沈黙や間を避けようとするのだと考えられています。そもそも、多文化及び多民族社会では対立を避けて共存するために言葉による相互理解は不可欠な手段であったことから、言葉を尽くして積極的に話し合うことで理解しあってきたという歴史があります。コメディーにおいても、観客の層にばらつきがあればあるほど、間を読ませるということが困難になるため、間を詰めてしゃべる傾向が強いのだと思います。
それに対して日本社会では、沈黙は必ずしもネガティブなものばかりではなく、落ち着きがある、相手の言葉を受け止めて熟考している、思慮深い、(時として)面白いなどと解釈できるため、それほど沈黙や間を嫌がらない傾向があるようです。むしろ、「沈黙は金」「言わぬが花」「言わぬは言うにまさる」などの言い回しがあるように、黙っていることは高く評価される面もあります。「行間を読む」といった、察するコミュニケーションが発達しているために、漫才や落語などのお笑いについてもその「間」の意味合いを読みとって楽しむということがなされているのです。間が絶妙、間の取り方が上手い、などはお笑い芸の褒め言葉としてよく使われています。
ある調査によると、日本人同士の会議の方がアメリカ人同士の会議より多くの沈黙が見られたという結果があります。それぞれ3人ずつが参加した会議で、おおよそ25分の会議の間に日本人の会議では103回、アメリカ人の会議では20回の沈黙があったということです。この場合の沈黙とは、1.5秒以上誰も喋らない状態を指しています。日本人の会議では、沈黙の多くは話題を変えたり、気まずい意見を流したりする時に観察されたということです。例えば、「ちょっと難しいかもしれないねえ、それは。」というセリフの後に沈黙が流れ、「いずれにしてもね、そのー…。」と流され、次の話題へ移っています。会議の参加者がこの沈黙の意味を読み取り(「空気を読む」ともいう)、それ以上追求しないという選択をしたということです。アメリカ人の会議では、それぞれが話し終わったところで、 “That’s all I have.”などのセリフで話者交代のタイミングを明確にし、すぐに次の人が話し出せるようにしています。そのようにして、会議中に不要な間ができないようにしているのですね。
こういった、日常における会話のリズムや話し方のスタイルが日本の漫才や英語圏のコメディーに影響を与えていることは間違いありません。「間」の取り方一つでもコミュニケーションスタイルの印象が大きく変わりますが、話のコンテキストによっても話し方のテンポが変わります。次回は、そのコンテキストによるコミュニケーションの違いについて取り上げてみたいと思います。
大島希巳江 おおしま・きみえ
教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。
1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。
著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。
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