三省堂のWebコラム

単語の文化的意味

最終回:連載<単語の文化的意味>終了にあたって

森住 衛 大阪大学・桜美林大学名誉教授

2022年03月22日

 これまでTeaching English Now (TEN) などで不定期連載してきました私の<単語の文化的意味>については、Web連載の2018年9月25日のsitをもって終了させていただきます。英語の語彙指導における<単語の文化的意味>の意義は、教科書本文の題材にも使われるなど、すでに広まってきていますし、情報も多方面から得やすくなってきたので、TEN連載のコラムとしての役目は小さくなったと判断したからです。

 

 思えば、このコラムの連載を始めましたのは、NEW CROWNの初版(1978)を出した直後の1979年9月の『ことばと教育(英語)』No.41(三省堂)の小冊子からでした。直接的な理由は、NEW CROWNの各巻の巻末に<単語の意味>として、現在の単語の文化的な意味に似たものを取り上げたからです。当時は英語教科書では各巻の新出語彙をアルファベット順に、あるいは、各課順に取り上げて、その日本語訳の主なものを掲載するのが一般的でした。NEW CROWNは、このように英語の語彙を単に日本語に訳したものを提供するのでは不十分として、いくつかの語彙にはその文化的意味を補足するようにしました。こうしないと、英語の語彙の真の意味を認知させることはできないと考えたからです。たとえば、当時の1年の巻末には、以下のように《 》の中で説明しました(発音、品詞の提示は省略しています)。

 

conversation

会話,座談.—People have picnic lunches and enjoy conversation there. 《英語国の文化では,自分が考えたことをはっきり言うことがたいせつとされ,また,「会話を楽しむ」ことが人とつきあう上でたいせつなこととされている》.

 

dog

犬.—This is not a dog. 《肉食文化のヨーロッパでは犬はヒツジの番をする貴重な財産だった.シェパードという犬の名称はshepherd(ヒツジ飼(か)い)からくる.英国人が犬を特にかわいがるのはこのためともいわれる.米国の大都会では治安のためにwatchdog(番犬)を飼っている家庭が多い》.

 

I

私は〔が〕,ぼくは〔が〕,おれは〔が〕.—I am Alice. 《日本では年齢(れい)や性別,そして相手によって自分自身の呼び方をいろいろに変えるが,英米では子供でも大人でも,また相手がだれであっても,すべてIを使う》.

 

sport

スポーツ,運動競技,娯楽,楽しみ.—He likes sports. / What sport do you play? 《キツネがり,魚つり,鳥うち,チェス,トランプ,手品,散歩までスポーツに入る.米国では,夏は野球,秋はアメリカンフットボール,冬はバスケット(室内),アイスホッケーなど,季節によって人気の集まるスポーツが変わる.英国では野球をしない.英国で最も大衆的なスポーツはフットボールである.野球に似た競技にクリケットがあるが,主として上流階級のスポーツで勝負を決するのに一日も二日もかかる.点数は数百点になることもある》.

 

 上記のように簡便な書き方にしていますので不十分な点はありますが、NEW CROWNのこのような扱いは、英語教科書としては斬新な試みでした。初版を出した当時は、比較文化や異文化理解に関しては、英語圏だけでなく中国などいろいろな国や地域を扱った金山宣男『比較生活文化事典』(全5巻、大修館書店、1977~1983)が出てきた頃でした。また、英和辞典でも『アンカー英和辞典』か『ニューアンカー英和辞典』(ともに学習研究社)か未確認ですが、語義の意味範疇の正確さを期して、単に「head=頭」ではなく「首から上の部分全体を指す」などとして巻末に絵図で示し始めました。初級英和辞典の『ファースト英和辞典』(初版、三省堂、1986)も、いくつかの語彙に<はてな?>の欄を設け、意味範疇や用法の説明を加えています。たとえば、Englandには当時は「英国」「イギリス」と訳されていたことへの警鐘を鳴らしたり、ecologyには1902年の成り立ちの由来や1970年代からの環境破壊などの「事典的」な補足説明を行ったりしています。また、英英辞典ではLongman Dictionary of English Language and Culture (Longman, 1992) が刊行されました。さらに、国語(日本語関係)では単語の1つに焦点を当てた『一語の辞典』(全20巻、三省堂、1995~2001)で、「文化」「心」「性」「気」など20語が取り上げられました。このような辞典などの語義のあり方の動向を考えますと、NEW CROWNが1978年の初版で、語彙の意味に上記のような扱いをしたのは英語教科書としては画期的だったと言えます。

 

 NEW CROWNでは、この教科書巻末の<単語の意味>をきっかけに、語彙指導の一環として、先生方に配布している小冊子で教科書に出てくる語彙を1語ずつ取り上げる<単語の文化的意味>として連載することになりました。この最初が、冒頭に述べた『ことばと教育(英語)』の1979年9月のNo.41でした。たまたま編集委員の私が担当することになりましたが、最初に取り上げたのは、1年次に出てくるbeautifulでした。その次は、friend, horse, play, yellow, window…などと続きました。beautifulの項では、「美しい」などの訳語よりも用法が多様であることに加えて、日本語の「美しい」(「うつくし」が原義)と比べて、シンメトリーの美的概念や、外向きで、堂々としていて、挑戦的な要素が色濃いこと、その点で、漢字が「羊が大きい」の「美」や「鹿などの角が立派だ」の「麗」が当てられているのは当を得ていること、さらには、中国語のこれらの表意文字から英語のbeautifulの概念と相通じる部分があることなどに言及しました。

 

 この連載は、その後、『ことばと教育』の後進である『英語教育 中学編』『三省堂 中学英語教育』やTENに受け継がれてきましたが、2003年に取り扱った語彙が60余語になったときに、40語ほど新規に加えて、『単語の文化的意味 —friendは「友だち」か』(三省堂、2004)という著作にして出しました。扱った語彙は以下の約100語(アルファベット順)でした。「 / 」で対比させている語彙はその2つを取り上げていることを示しています。

 

a(an) / the, America, animal, apple, Australia, baseball, bathroom, be(is, am, are), beautiful, blue, book, bread, Canada, car, cat, child, class, club, coffee, die, drink, egg, fish, flag, foot, fork, friend, gesture, give, green, greeting, hand, he / she, horse, house / home, humour, I / you, it, Japan, John, joke, key, Korea, lady, large / small, learn, love, man / woman, map, marry, Mary, moon, move, Mr / Ms, music, name, nation, nature, New Zealand, no, orange, party, play, push / pull, red, right, salt, school, shoe, speak, sport, society, some / any, sorry, station, sweet, tea, the United Kingdom, time, that, think, three, volunteer, water, white / black, will / shall, window, work, yellow

 

 その後、連載の続きとしてTENでは以下のような語彙(掲載順)を取り上げました。この頃から、NEW CROWNで取り上げていない語彙も扱うようにして、社会的意味・政治的意味などを加える試みもしてきました。

 

English, chair, busy, desk, December, sugar, culture, north / south, new, black, read, happy, religion, eat, uncle / aunt, road, difference, have, but, pretty, you, river, lie, gentleman, travel, laugh, shame, change, literature, voice

 

 さらに、2018年5月からはWeb版の<単語の文化的意味>で、分量を多めにして、words, liberal, public, football, sitを取り上げて現在に至っています。

 

 最初のNEW CROWNの編集委員としての1970年代後半から、その後編集の関与から外れた2013年以降も含めて、実に40年余の長きにわたってこの欄を担当させていただきました。連載を終了するにあたって、改めて本欄を読んでくださったみなさまと、この機会を与えてくださり、内容面も含めてお世話をいただきましたNEW CROWN編集部に御礼申し上げます。

 

<編集部より>

上記の『単語の文化的意味 —friendは「友だち」か』は絶版になっていますので、この中の語彙に関してご覧になりたい方は、NEW CROWNお問い合わせフォーム(https://tb.sanseido-publ.co.jp/contact/)よりご連絡ください。

 

プロフィール

森住 衛    もりずみ・まもる
大阪大学・桜美林大学名誉教授

大阪大学名誉教授・桜美林大学名誉教授。関西外国語大学大学院客員教授。大学英語教育学会および日本言語政策学会の元会長、日英言語文化学会の現会長。専門は英語教育学・言語文化教育学・外国語学。特に、異言語教育を通してどのような言語観・文化観・世界観が育つかに関心がある。監修・編著などに『言語文化教育学の可能性を求めて』(三省堂)、『単語の文化的意味』(三省堂)、『大学英語教育学』(大修館書店)、『言語文化教育学の実践』(金星堂)、『外国語教育は英語だけでよいのか』 (くろしお出版)などがある。中・高の検定済教科書New Crown、Exceed (三省堂)の元代表著者、My Way (三省堂)の現代表著者。

バックナンバー

    

最終回:連載<単語の文化的意味>終了にあたって

2022年03月22日
森住 衛

詳細はこちら

    

No. 5 sit[すわる]

2018年09月25日
森住 衛

詳細はこちら

    

No. 4 football[サッカー]

2018年09月18日
森住 衛

詳細はこちら

    

No.3 public[公]

2018年09月11日
森住 衛

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No. 2 liberal[リベラル]

2018年05月09日
森住 衛

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