三省堂のWebコラム

単語の文化的意味

No. 2 liberal[リベラル]

森住 衛 大阪大学・桜美林大学名誉教授

2018年05月09日

 最初から個人的なことで恐縮であるが,筆者はliberalという語に特別な思い入れがある。学生時代にLove is liberal.という文に出遭った。誰かと話していたときか,何かの本を読んでいたときか,どういう場面であるか記憶がないのであるが,有島武郎に関係したことであったことは覚えている。特別な思いというのは,この文の意味が「愛は惜しみなく与う」であったからだ。当時は,liberalというのは「自由な」という意味しか知らなかったので興味がわいた。そして,「好きになると,なんでもあげたくなるのか」というような意味のことを言ったら,だれかが(あるいは,その本の中でかもしれないが,)この文は「恋は惜しみなく奪う」だと言った。恋と愛の違いもあるが,「与える」が「奪う」……,これは反対ではないか。ここでますますわからなくなった。今回,筆者にとっては因縁のこのliberalを取り上げるが,「革新」だか「保守」だかわからなくなる話である。

 

 liberal は「人の心が広い」,「寛大な」という意味であるが,これが,政治的に使われると「自由主義的,進歩的,革新的」になる。ただ,最近の世界や日本の政治情勢を見ていると,このliberalの意味が変わってきたようにも思える。ことをややこしくしているのは,「リベラル」という日本語のカタカナ語である。たとえば,最近(2017年10月)の衆議院選挙では,立憲民主党がリベラルだと言われていた(今でもそう言われているが)。「リベラル」の意味は『スーパー大辞林』(三省堂)によると,以下のようになっている。

 

 ①自由を重んじるさま。伝統や習慣にとらわれないさま。また,そのような立場の人。「―な考え方」
 ②自由主義に基づくさま。自由主義の立場をとるさま。また,そのような人。
 ③穏やかに改革を行おうとするさま。また,そのような立場や人。

 

 WEB上の情報(Merriam-Webster)では,“What Exactly Is a ‘Liberal’?”と題して以下のように説明している。

 

‘Liberal’ shares a root with ‘liberty’ and can mean anything from “generous” to “loose” to “broad-minded.” Politically, it means “a person who believes that government should be active in supporting social and political change.”
  https://www.merriam-webster.com/words-at-play/liberal-meaning-origin-history (2018.4.26)

 

 つまり,上記の意をおおざっぱに汲み取れば,自由主義者というのは「柔軟で,改革に対して前向きな心,広い考え方および革新的な考えを持っている人」にでもなろうか。

 このようなリベラルの概念に対峙する概念は「保守」である。『スーパー大辞林』(三省堂)によると,「保守」は以下のように定義されている。

 

 古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し,急激な改革に反対すること。

 

 また,「保守党」は以下のようになっている。

 

  ①保守主義の立場にたつ政党の一般的名称。
  ②イギリスの政党。トーリー党から発展。自由党と交代で政権を担当,帝国と秩序をむねとする。1920年代    より労働党と二大政党を形成。ディズレーリ首相,サッチャー首相が有名。
  ③日本の政党。2000年(平成12),自由党を離党した議員たちが結成した保守政党。翌年保守新党と改      称。02年,自由民主党に合流。

 

 ところが,最近(2017年後半)の日本における憲法論議でも,憲法を改正しようとしているのが,自由民主党などの保守派であり,これを変えないで守っていこうとするのが立憲民主党などの野党のいわばリベラル派,つまり,革新派なのである。他の政策でも,一般生活,経済,外交,軍事などを変えようとしているのが保守派であり,弱者を守れ,生活を守れ,平和を守れというように,改革というよりも「守る」ことに重点をおいているのが,リベラル派ではなかろうか。メディア(新聞,雑誌,テレビ,ラジオなど)も,この種の人たちを「リベラル」と呼んでいる。「保守」が「リベラル」? この現象をどのように考えたらよいのだろうか。

 

 この革新・保守の「逆転」に見られるような現象は日本だけではない。たとえば,イギリスのEU離脱である。あれはEUの方向性に対する改革か,それともイギリスのgood old daysに戻るという保守なのか。そして,トランプ現象もこの種の乖離現象なのかもしれない。アメリカが長年とってきた「世界の救世主」「世界の警察官」を止めて,自国第一主義,孤立主義(モンロー主義)に方向転換したのか。この変化を革新とみるか,保守とみるか意見がわかれるだろう。

 

 これは,詳しく調べていないので憶測だが,現在のリベラル派には,これ以上経済の発展はありえない,いやそれを目指さない方がよい,と思っている人が多いのではないだろうか。これは原発反対などにも通底することであるが,これ以上の便利・快適を追うと,仏罰か神罰にあたる。つまり,これ以上は変わらないで,このままでよいというビリーフである。実を言うと,筆者もその一人であるが,これはリベラル派ということになるのだろうか。もっとも,このような議論になると,日本の政治家は,あるいは政党は,特別なイデオロギーを持っている人が少なくて,選挙などのときに,他の候補とは違う,他党とは違うということを述べるだけである,という見方も出てくる。確かに,このような政治家がいるが,信条として,生き方としてリベラルを目指す人がいる。この場合のリベラルは,今の発展主義,向上主義,便利主義に異を唱える,すなわち,この傾向を変えたい,変革したいという点でリベラルである。これに対して,グローバリズムの潮流に乗って経済発展を目指したり,普通の国になるために憲法改正しようとするのは,つまり,戦前に戻るとまで思いたくなるのは改革派ではなく,やはり保守派なのであろうか。

 

 以上でこの項を閉じるが,今回の単語の文化的意味は,日英語の文化比較というよりも,それぞれの言語が持つ単語の意味解釈に多様性があるという変則意味論になってしまった。それも,「与えるは奪う,奪うは与える」や「革新は保守,保守は革新」という禅問答,あるいは,シェイクスピアのFair is foul, and foul is fair. (Macbeth I-1)「綺麗は汚い,汚いは綺麗/ 公正は不正,不正は公正」という単語がもつ二律背反(アンチノミー)の問題になってしまった。

 

プロフィール

森住 衛    もりずみ まもる
大阪大学・桜美林大学名誉教授

大阪大学名誉教授・桜美林大学名誉教授。関西外国語大学大学院客員教授。大学英語教育学会および日本言語政策学会の元会長、日英言語文化学会の現会長。専門は英語教育学・言語文化教育学・外国語学。特に、異言語教育を通してどのような言語観・文化観・世界観が育つかに関心がある。監修・編著などに『言語文化教育学の可能性を求めて』(三省堂)、『単語の文化的意味』(三省堂)、『大学英語教育学』(大修館書店)、『言語文化教育学の実践』(金星堂)、『外国語教育は英語だけでよいのか』 (くろしお出版)などがある。中・高の検定済教科書New Crown、Exceed (三省堂)の元代表著者、My Way (三省堂)の現代表著者。

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