森住 衛 大阪大学・桜美林大学名誉教授
2018年09月18日
スポーツの文化的意味については,25~26年前にTEN(Teaching English Now)の前身の『ことばと教育』No. 10(1983.10,三省堂)でbaseballを取り上げたことがある。baseballと「野球」には,バンドや敬遠の指示など監督の采配,各選手のバッターボックスでの構え方,試合中のガム,試合の時間などで,日米の違いが見られ,それが文化的意味(個人主義と団体主義,対立と和,ビジネスと求道など)をもっていた。現在では選手や監督の所属が国際的なのでこの差も縮まっているが,サッカーの場合は,時代の変遷もさることながら,それ以前に,野球に見られるような競技の中身自体に比較するものが少ない。試合が始まればほとんどが選手の個人的判断になるし,プレーの仕方,姿勢も個人で判断する。監督が出てくるのは選手交代のときくらいである。このように,サッカーの日英の文化的意味自体は日英の比較をするのはむずかしいが,サッカーという名称の由来や,サポーター,サッカーくじなどでサッカー文化の一端を見てみたい。
まず「サッカー(soccer)」という名称についてだが,これを使っているのは,アメリカ,カナダ,日本ぐらいだけで,あとは「フットボール(football)」という言い方のそれぞれの言語訳になっている。国際サッカー連盟もFederation of International Football Association(FIFA国際フットボール連盟)というようにsoccerを使っていない。なぜ,同じスポーツにfootballとsoccerという名称が2つあるのだろうか。これには,サッカーのルールの統一が関係している。
サッカーの歴史は非常に古く,起源については諸説あり,さまざまな地域で多様なルールで親しまれていたようである。たとえば,ギリシャ時代,ローマ時代には隣同士の都市国家が人間の頭蓋骨を蹴って相手の都市に蹴り込んだ行事から始まったとも言われる。ルールも,当時は手を使ったり,相手を倒したり,なぐったりで,あってなきがごとしのラフなスポーツで,地域や国によってもばらばらであった。
これが,19世紀後半まで続いていたが,1863年にイングランド内だけでも統一したルールをということで,イングランドサッカー協会(The Football Association / FA)が設立され,「手を使ってはいけない」などの現在の原型のルールをつくった。これが,スコットランド,ウエールズなど国内にも浸透し,その後,1904年に国際サッカー連盟が創設され,このルールが国際的に認知されるようになった。
サッカーという名称は,このAssociationの綴りのsoccに,当時,流行していた造語用の末尾 –erを使ってsoccerになったことに由来する。あえて,この言い方を日本語に直訳すると,-erが人を表す語尾なので,「協会野郎」(協会式フットボールをする人)とでもなろうか。ちなみに,rugbyがruggerと呼ばれるようになったのもこの時期である。
サッカーは,オリンピックには1908年のロンドン大会から正式種目に採用され,1930年から開催されたワールドカップはいまや,その参加国・地域数から世界最大のスポーツイベントとも言われている。その加盟国数は,FIFAの2017年12月のランキングを見ると,206番まで発表されているが,206番の国や地域は5つが同列にあるので,総数は211の国や地域となる。この数は,国連に加盟している国の数193(2016年9月)より多い。その理由は,地域が代表になっている例があるからだ。たとえば,イギリスだけでも,イングランド,スコットランド,ウエールズ,北アイルランドと4つが「国」のような形で参加している。バスケットボール,クリケット,テニスなども加盟国の数が多いがサッカーには及ばない。ちなみに,日本人やアメリカ人にとっては,野球もいまや世界的と言えるかもしれないが — アメリカではWorld Seriesという仰々しい名のリーグ戦もあるが — この種の加盟や競技人口はそれほど多くない。
次に,サッカーのサポーターについてだが,熱狂的なファンはどのスポーツにもいるが,サッカーはその度が過ぎていることでも知られている。これは,上記に述べたサッカーの生い立ちに由来するかもしれない。サッカーはその成立からして,喧嘩のようなスポーツであった。この特質がサポーターにも反映されていて,いわゆるフーリガンになる。フーリガンも,程度の差こそあれ,どこの国にもいるが,イングランドチームのサポーターは悪名高い。もともとフーリガン発祥の地はイングランドなのである。そのため,スタジアムには差別的な肉声や横断幕が出たり,あるいはピッチに向かって度が過ぎた侮辱的発言が飛び交う。これは,それぞれチームをつくっているイングランド,スコットランド,ウエールズなど,かつての「国」同士の熾烈な争いが,スポーツのサッカーに反映され,さらにサポーターの言動にまで「伝染」しているのかもしれない。
次はサッカーくじを見てみよう。くじは勝敗に対する一種の「賭け」だが,これも発祥はイギリスで,18世紀に競馬の賭けが始まったことがきっかけだという。ちなみに,日本ではスポーツの勝敗に対して「賭ける」ことができるのは,競馬,競輪,競艇,オートレースなどに限られているが,イギリスでは,ありとあらゆるスポーツが賭けの対象になる。日英のサッカーくじの違いは,いわば「胴元」がどこかにある。日本では,toto(トト)やBIG(ビッグ)のような「スポーツ振興くじ」と呼ばれ,文部科学省が監督官庁になっている。そのために,文科省が「賭け事」を勧めていいのかなどの議論が起こったことがあるが,いつの間にか下火になったようだ。イギリスでは,日本と違って民間の団体が営業している。その企業をブックメーカー(BookMaker)というが,かれらは,スポーツの勝敗などに対して,オッズ(odds,配当)を提示し,賭けの参加者を募る。トトやビッグとブックメーカーの違いは,トトやビッグは予想する場合は,コンピュータが選ぶ方法もあるのだが,ブックメーカーの場合は,自分の意志で選ぶ。胴元が役所か委託された私企業か,オッズがコンピュータで選ぶのか自らの意志で選ぶのか,このような違いに日英の文化的意味の普遍性はあるのかどうか現段階では不明である。
森住 衛
もりずみ まもる
大阪大学・桜美林大学名誉教授
大阪大学名誉教授・桜美林大学名誉教授。関西外国語大学大学院客員教授。大学英語教育学会および日本言語政策学会の元会長、日英言語文化学会の現会長。専門は英語教育学・言語文化教育学・外国語学。特に、異言語教育を通してどのような言語観・文化観・世界観が育つかに関心がある。監修・編著などに『言語文化教育学の可能性を求めて』(三省堂)、『単語の文化的意味』(三省堂)、『大学英語教育学』(大修館書店)、『言語文化教育学の実践』(金星堂)、『外国語教育は英語だけでよいのか』 (くろしお出版)などがある。中・高の検定済教科書New Crown、Exceed (三省堂)の元代表著者、My Way (三省堂)の現代表著者。
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