森住 衛 大阪大学・桜美林大学名誉教授
2018年09月11日
日英語の語彙の訳で,かなりの部分は意味範疇が似ているが,ある部分が正反対になる語がある。このようになるのは,使われている文脈で,つまり,その文化的意味において,視点のベクトルが逆になるからである。今回はその例として,publicと「公(おおやけ)」を,それぞれの語源と辞書の語義の点から見てみたい。
まず,publicであるが,語の由来はラテン語のpopulus(=people)からpublicus(国民)に派生したものが元になっている。popular, pops, population, populismなどもこの語の派生語である。そして,後にpublic schoolに関する部分で言及するが,このpublicに対峙する概念はroyalである。
辞書の語義の例として,『オックスフォード現代英英辞典(OALD)』(第7版,旺文社,2005)と『ウィズダム英和辞典』(三省堂,2003)では以下のようになっている(使用例の書き方の ▶は,2つの辞書が対比できるように,筆者が調整している)。
『オックスフォード現代英英辞典(OALD)』
・OF ORDINARY PEOPLE 1. connected with ordinary people in society in general, ▶public
awareness,public interest
・FOR EVERYONE 2. provided, especially by the government, ▶public education, public library
・OF GOVERNMENT 3. connected with the government and the services it provides, ▶public office
・SEEN/HEARD BY PEOPLE 4. known to people in general, ▶public figure, 5. open to people in
general; intended to be seen or heard by people in general,▶public apology
・PLACE 6. where there are a lot of people who can see and hear you, ▶somewhere less public
『ウィズダム英和辞典』
1 民衆の, 大衆の, 庶民の ▶public outcry 民衆の抗議, public support民衆の支持
2 公の, 公衆の, 公共の; 公立の ▶ public interest 公共の利益, public zoo 公営動物園
3 公的な, 政府の, 官公庁の, 公務員の ▶ public life 公職, public money 公的資金
4 広く知られた, 公然の, 有名な ▶ make ~ public ~を公にする
5 〈場所などが〉人目につく, 人の多い ▶ It’s too public. 人目につきすぎる。
では,「公」はどうであろうか。公(おおやけ)の原義は,以下の語義の①にもあるように,「大きな家」である。「おお」は「大きい」であり,「やけ」は「家・宅」を示している。漢字の「公」は,「上」「下」などのような指事文字(絵として描きにくい物事の状態を点や線で表した文字)で,元は「㕣」と書き,「囗」は「広場」などの場所,「八」は2本の塀ないし通路を表し,「広場で行われる儀式や行事を開示している様子」に由来する。
語義の例としては,『日本国語大辞典 第二版』(小学館,2001)と『大辞林 第三版』(三省堂,2006)では以下のようになっている。
『日本国語大辞典』(使用例は省略)
①大きな家。屯倉(みやけ)などの大きな建築物。
②朝廷。政府。官庁。幕府。
③天皇。皇后。中宮。
④国家。社会。
⑤公的なこと。政治に関すること。
『大辞林』
①政治や行政にたずさわる組織機関。国・政府・地方公共団体など。古くは朝廷幕府などをさす。「―の場で白 黒をつける」「―の機関で管理する」
②個人ではなく,組織あるいは広く世間一般の人にかかわっていること。「土地を―の用に供する」「市長とし ての―の任務」
③事柄が外部に表れ出ること。表ざた。表むき。「目的は―にできない」
④天皇。また,皇后や中宮。「―も行幸せしめ給ふ」〈大鏡時平〉
さて,前置きが長くなったが,ここからが本題である。publicと「公」は,ご覧のように,語義の数,提示順の差異は多少あるが,いずれも似たり寄ったりと言ってよいだろう。「政府,官庁,一般の人々」という基本的な意味がある点でも同じである。冒頭にかなりの点で意味範疇が似ているとしたのはこの共通性の故である。
筆者の興味を引いているのは両者の異なる点である。publicは,語源からも語義及び使用例からも,「民衆」や「公衆」に関する意味が多いこと,または「これらの人々に知らせたり」,「共有したりする」という意味合いを示唆している。OALDの語義の5つの語義のうち,4にはpeopleという語が入っている。これに対して,「公」は「儀式や集まりの場」や「行政や組織」「政治,政府」などいわば「堅苦しさ」の暗示が感じられることである。この最たる例が,「天皇,皇后,中宮」である。publicには,この種の王侯や皇族を示す語義はない。
実を言うと,publicにも古い時代にはkingやqueenが関係することがあった。これがイギリスのpublic schoolの由来に表れている。public schoolは,周知のように,イートン,ハーロー,ラグビーなどの「中高一貫」の全寮制の私立校で,主に貴族の子弟など裕福な家庭の男子(共学のところもあるが)が入学する学校である。ここを卒業するとOxford大学やCambridge 大学に進学し,末は社会の要職に就く人が多い。つまり,将来を保証された「エリート私立中等学校」なのである。なお,補足しておくと,public schoolはイングランド独特の呼称で,イングランドで公立学校といえばstate schoolである。具体的にはindependent schoolやgrammar schoolを指す。また,
public schoolは,同じイギリスでも,スコットランドでは「公立学校」である。さらに,当然ながら,アメリカやオーストラリアなど他の英語圏の国々でもpublic schoolは公立学校を意味する。
閑話休題。なぜイングランドでpublic schoolがprivate schoolなのか。経緯は長い話になるが,はしょって言えば,次のようになる。public schoolは12世紀から16世紀にわたって設立されたもので,最も古いのが1382年創設のウィンチェスターでである (次がイートンで1440年,最も新しいのがチャーターハウスで1611年)である。その趣旨は,当初は,王侯がroyal familyを支えるための人材の養成機関であり,入学するのも貴族や郷紳(cf. TEN:Teaching English Now No. 31 ‘gentleman’)であった。つまり,publicとはroyalに対峙する概念でもあったのである。この学校が,その後,貴族や聖職者が慈善事業も兼ねて普及してきたが,入学する者を一般民衆のうち余裕のある者から受け入れるようになり,その結果,現在のような「エリート」が通う学校になったのである。
一方,日本の公立学校はどうであろうか。創立は,1872(明治5)年の学制改革からで,これが,1947年の改正により,現在の学校制度になっている。周知のように,公立学校は主として都道府県や市町村の地方公共団体が設立するもので,国立の学校も含む。公立の「公」とはなにか。ここで,憶測や使用例で多少とも議論を深めておきたい。
「公」には,「広く平等に」知らしめるという公平性や平等性があるが,その根底には「お上の」という「上から目線」がうかがえる。そのため,いろいろな規制や道徳律は,中央官庁が発信元になって国民のレベルまで浸透するというシステムが,欧米などと比べると顕著と言える。学習指導要領などがよい例である。
このことを確認するために,「公」が付く表現を拾ってみよう。辞書をみると,次のような例が出てくる。
公安:国家や社会の秩序が保たれていること。
公案:禅宗で,修行者が悟りを開くため,研究課題として与えられる問題。中国の役所の文書。
公印:官庁公署の印。
公営:公の機関,特に地方公共団体の経営であること。
公益:社会一般の利益。
公園:主に市街地またはその周辺に設けられ,市民が休息したり散歩したりできる公共の庭園。もとは官有の庭 園。
公害:事業活動や人の活動に伴って生じる自然および生活環境の破壊が,地域住民や公共一般にもたらす精神的肉 体的経済的な種々の被害。
公共:社会全体に関すること。
公示:公の機関が広く一般に知らせること。
公衆:社会一般の人々。
これらからも解るように「公」が付くと,「官庁,社会,一般」などを表すことになる。これに対して,publicは,public schoolの当初の設立に王侯や貴族の「上から目線」があったが,現在では,その語源のように,peopleの視点が基本である。このことはpublic house(=pub)にも見えている。public houseというと,表層的な直訳で,現代の「役所」や「コミュニティーセンター」などを思い起こしがちであるが,周知のように,「大衆酒場」「居酒屋」である。
以上,見てきたように,publicと「公」には重なる部分もあるが,文化的意味を探っていくと,異なる点もあった。この違いは,あえて比喩的に言うならば,コインの表裏の関係にあるかもしれない。つまり,同じ現象や活動のことを意味するが,publicが現象や活動の「受け手(民衆)」を意識し,公は「送り手(政府)」を意識したのではないだろうか。イングランドの中世にあっては,あるいは,日本の明治時代初期にあっては,「民衆」のためになにかするとなると,王侯や政府など「お上」が手を打たなければならなかったのである。これは,洋の東西に当てはまるかもしれない。なお,その後の歴史を考えると,西欧と日本では異なってくる。なぜなら,その後,西欧ではフランス革命など「民衆」の力で民主主義など現代生活の基盤を築いてきたが,日本では明治以降,一揆や労働運動があったが,民衆の力は必ずしも功を奏しなかった。これが,public=peopleと「公=政府」という違いの根底にあると言えるだろう。
森住 衛
もりずみ まもる
大阪大学・桜美林大学名誉教授
大阪大学名誉教授・桜美林大学名誉教授。関西外国語大学大学院客員教授。大学英語教育学会および日本言語政策学会の元会長、日英言語文化学会の現会長。専門は英語教育学・言語文化教育学・外国語学。特に、異言語教育を通してどのような言語観・文化観・世界観が育つかに関心がある。監修・編著などに『言語文化教育学の可能性を求めて』(三省堂)、『単語の文化的意味』(三省堂)、『大学英語教育学』(大修館書店)、『言語文化教育学の実践』(金星堂)、『外国語教育は英語だけでよいのか』 (くろしお出版)などがある。中・高の検定済教科書New Crown、Exceed (三省堂)の元代表著者、My Way (三省堂)の現代表著者。
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