三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.10 子供の英語―over generalization

大島希巳江
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

2019年07月01日

 在外研究でアメリカに滞在していました。久しぶりにアメリカの大学の授業を履修したり,研究仲間と語り合ったり,と充実した時間を過ごすことができました。でも,なによりも刺激を受けたのはこちらの子供たちとの交流です。我が家には小学生が2人いるので,彼らの英語の成長具合とアメリカの子供たちの英語を毎日のように観察していました。子供たちの発想は,間違いを恐れない自由な感覚に満ちています。使いたい単語や使いやすい文法を勝手に作り出します。

 

 ある日,やんちゃでエネルギーいっぱいの長男が学校でトラブルを起こしてきました。小学校のカフェテリアで,友達がこっそり持ってきた試験管を5,6人の仲間で蹴り合って遊んでいたそうです。案の定それが割れて,騒ぎを聞きつけてやってきた先生にたっぷり叱られたとのことでした。このときのことを,仲間たちは “That was so horarious!” と表現していました。 Horariousという言葉は子供たちの造語で,horrible(恐ろしい,ひどい)とhilarious(とても楽しい,すごく笑える)の両方の意味を持つのだそうです。まったく逆の意味をもつ二つの言葉を組み合わせて,一つの単語を作っているということですね。「ひどい目にあった(先生に叱られたという部分を示している)けど,めちゃくちゃに面白かったね(試験管を蹴り合ったことを示している。でもみんなで先生に怒られたのも楽しかったのかも?)」といったところでしょう。

 

 笑える悲劇というのは,子供たちの間ではよく起きます。はしゃいで滑って転んで泥まみれになった,牛乳を飲んでいたら友達に笑わされて鼻から牛乳を噴射した,サッカーボールを蹴ろうとして空振りしてこけた…,horariousなことは日常茶飯事です。が,英語では(日本語でも?)ちょうどいい言葉が存在しないので,自分たちで作ったようです。流行り言葉のようによく使われているようですが,今後定着するかどうかはさっぱりわかりません。単語は比較的簡単に使い捨てされているようですが,このように,ネイティブの英語話者の間でも彼らの都合に合わせて新しい言葉はどんどん作られています。

 

 文法でもひとつ面白い例がありました。言語使用に比較的敏感な9歳の次男ですが,先日友達との会話中に “No, I saidn’t!” と言ったのです。一瞬空気がピタっと止まりました。Saidn’t…? その言葉の意味ってもしかして…? 次の瞬間,その場にいた全員が大爆笑しました。

 

「その表現,面白い!」

「なかなか賢い言い方だよね。短く言えていい!」

「それなら,camen’tとか gotn’tとか,なんでもありだよね。」

「じゃあdidn’t もいいんじゃない?」

「それはすでにあるじゃん」

「あれ,wasn’tってあるよね?」

「あるよ!!」

 

・・・,大変に会話が盛り上がりました。彼もI didn’t say that.という言い方はもちろん知っているので,間違えたわけではありません(たぶん)。ふざけて言ってみたら意外にウケた,といったところでしょう。このふざけ方,大人にはなかなか思いつかないヒネリを持っていたようです。

 

 似たような「間違い」は,ネイティブの子供たちにも見られます。例えば,小学校低学年までは不規則動詞を知らないこともあるので I comed with my mom.と言ってしまう子供がいます。“Hey, you broked it!”なんて表現もありました。「過去形は -edを付ける」という基本ルールを学んだあとに,それに従って不規則に変化する動詞にも -edをつけてしまうのです。複数形に関しても同様で,sheepsやmousesなどと,単複同形の名詞に -sをつけてしまうことがあります。これをover generalizationといいます。

 

 子供たちはこれらの間違いを繰り返しながら,やがて自然に不規則に変化するものを聞き覚えて学んでいきます。子供の英語に耳を傾けていると,「間違える」ということは何事に関しても必要なプロセスであるということがわかりますし,「間違える」ということは楽しいことでもあると実感します。

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大島希巳江 著

定価 2,200円(本体2,000円+税10%) A5判 128頁

978-4-385-36156-7

2013年6月20日発行

三省堂WebShopで購入

プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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