川添 愛 言語学者
2018年09月25日
最近訳あって,日本語の「おじさん」をイタリア語で何というのか調べた。辞書でもグーグル翻訳でもzioという答えが出てきたが,どうもそれは親戚の「おじ」(伯父・叔父)を表す言葉らしい。私が知りたかったのはそれではなく,中年男性一般を指していう「おじさん」にあたる言葉なのだが,なかなか見つけられない。そしてふと,英語にもそういう「おじさん」にあたる言葉はなかったかもしれない,と思った。調べてみると,英語のuncleも基本的には親戚の「おじ」を意味し,親戚でない親しい男性を「Uncle何々」と呼ぶことはあるものの,日本語の「おじさん」のように中年男性一般を表す使われ方はしていないようだ。middle-agedmanという表現はあるが,これは日本語でいう「中年男性」で,「おじさん」ほどのカジュアルさはない。「おばさん」についても事情は同じらしい。
さらに思い出すことがある。昔,漫才コンビのアメリカザリガニが,英語で桃太郎の話をするというネタをやっていた。桃太郎の英語名を「ピーチ・ボーイ」にしていたりして面白かったのだが,私が一番笑ったのは,登場人物の「おじいさん」「おばあさん」をそれぞれ「グランドファーザー」「グランドマザー」と訳していたことだ。桃太郎の「おじいさん」と「おばあさん」は「祖父・祖母」ではなく高齢の男性・女性を指すが,英語のgrandfather,grandmotherは基本的に前者を意味する(ただし自分の祖父・祖母でない人にも,呼びかけるときはそれらの単語を使う場合があるとのこと)。英語で高齢の男性や女性のことを言い表す場合は,単にgentlemanとかladyなどを使うのが普通で,とくに必要がない限り年齢には言及しないという。どうやら英語には,日本語ほど気軽に,かつあたりまえのように使われる「年齢層によって変わる呼び方」がないようだ。若い頃にアメリカでmaʼamと呼びかけられて面食らったことがあるが,あれもきっと,年齢層を限定せずに幅広く使われる言葉なのだろう。
自分が中年になってから,誰かが「おじさん」「おばさん」と呼ばれているのを聞くと,ちょっと気になるようになった。たぶん,甥や姪がいそうな年齢だから「おじさん・おばさん」,孫がいそうな年齢だから「おじいさん・おばあさん」となったのだろうが,よく考えたら,そうやってあからさまに「年齢層+性別」でぶった切るのはやや「雑」かもしれない。もちろん,呼び方を全面的に見直した方がいいとか,日本語より英語の方がいいとか考えているわけでは全くない。だが,少なくとも自分が誰かのことを話したり考えたりするときには,言葉に引っ張られすぎて「年齢層+性別」だけで雑にカテゴライズすることがないよう,気をつけたいと思っている。
(『ことばの学び』No.7 2018年9月発行より転載)
川添 愛 かわぞえ・あい 言語学者
言語学者。2002年から2016年まで,国立情報学研究所研究員,津田塾大学特任准教授,国立情報学研究所特任准教授を歴任。最新刊は『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』(朝日出版社),『自動人形の城 人工知能の意図理解をめぐる物語』(東京大学出版会)。
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