荻上 直子 映画監督・脚本家
2021年08月30日
国語が大の苦手だった。高校時代の国語の模試で,100問中たった2問しか当たらなかったという実績を持つワタシ。今でも小3以上の漢字はかなりうろ覚え。パソコンがある世の中で本当に助かった。神様ありがとう。
そんなワタシが,脚本を書く仕事に就くなんて,学生時代は夢にも思わなかった。数学や物理が得意だった高校では理系クラスを選択し,大学は工学部。文章を書くことを一切してこなかったのである。まさか自分が脚本家になれるなんて,どうして予想できただろう。
そんな考えを一転させてくれたのが,アメリカの教育だった。大学を卒業してからアメリカに渡り,映画学科に入学した。そこで,撮影,編集,演出のクラスと同時に脚本のクラスがあったのだ。しかも必須で。
まず与えられた課題は,簡単なシーンを書くというもの。十代の少女が母親に妊娠したと報告するシーン,青年が彼女の両親に結婚の挨拶に行くシーンなど。ところがまったく書けない。ひとつも思いつかない。そんなこと今までやったことないのだからできるわけがない。でもアメリカの大学は厳しく,成績が悪いとソッコー退学させられる。無理でもなんでもやらなきゃいけない。しかも英語で。必死だった。そうして毎週,死に物狂いで課題を提出すると,その必死さが先生に伝わるのか,ダメでもなんでも褒めてくれる。単純なので,褒められるともっと頑張る。そして一学期が終わるころには,短い一本の脚本が完成していた。
その脚本のクラスで,とても大事なことを教わった。それは,脚本を書くのに文才は必要ないということ。脚本は,人物の行動をそのまま書けばいい。彼女は立ち上がる。夫は指輪を外す,など。そして人物の気持ちはセリフで書いていく。セリフは,日常的に自分が使っている言葉を書けばよいのだから,ワタシにもできる。これを知ったときは,目から鱗が落ちた。そして,幼いころから妄想癖のあるワタシは,物語を創作する楽しさにのめり込んでいく。
物語を創作する能力と国語の成績とは,必ずしも比例しない。
こんな大切なことを,日本では誰も教えてくれなかった。あなたは理系,文系と分け,理系を選択すれば,物を書くという機会を一生失ってしまいかねない。近頃ワタシは,つくづく思う。脚本はパズルに似ていると。物語の創作に,理系脳が役に立つ。
そうしてワタシは,今日も脚本を書いている。もちろん,小3以上の漢字はパソコンに変換してもらいながら。
(『ことばの学び』No.14 2021年8月発行より転載)
荻上 直子 おぎがみ・なおこ
映画監督・脚本家。
千葉県出身。長編映画「バーバー吉野」でデビュー。「かもめ食堂」「めがね」など。「彼らが本気で編むときは,」は,第67回ベルリン国際映画祭でテディ審査員特別賞受賞。
ドラマ「珈琲いかがでしょう」脚本担当。新作「川っぺりムコリッタ」2021年秋公開。
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