まはら 三桃 作家
2022年04月13日
“夜空を見上げると,便器がぽっかり浮かんでいた。流れ星はひっきりなしに流れている。(略)ああ,今日も地球がきれいだ。”
このような文章が,ある日クラスに回ってきた。ノートの切れっぱしに書いてあった。
「○○先輩が書いた詩だって」
と,友達が笑いながら見せてくれたのは中学校1年生の時だ。
○○先輩は2年生の男子で,名前を聞けばたいていの人はわかるという,有名人だった。ひょうきんな楽しい人だったので,ふざけて書いたものだったのかもしれない。
けれどもこうして今でも覚えているのは,その文章がとても魅力的だったからだと思う。
正直なところ衝撃を受けた。
まずは堂々と便器が登場しているところだ。つい声をひそめたくなる単語を,よりによって詩の題材にするなんて。詩には難解で格調高いイメージがあったので,その前提が木端微塵に吹き飛ばされたわけだが,だからこそ小気味よかった。
考えてみれば,便器には誰しも一方ならずお世話になっている。感謝こそしても,隠しだてなどしてはいけないはずだ。
さらに考えてみれば,当時はUFOばやりで,空におかしなものを見つけてはみんなで大騒ぎしていたのだ。その正体を「あれは便器なんだよ」と言われたみたいで,してやられた気分にもなった。しかも“今日も地球がきれいだ”というのだから,この作者は宇宙人ということになり,やっぱりしてやられている。
だいたいこんな小さなノートの切れっぱしに,大きな宇宙が表現できるのが驚きだった。たった数行の文章の中に,果てしない宇宙を見せることができるなんて,言葉にはなんと大きな力があるのだろう。と,当時の私はそんな解釈まではできなかったけれど,心を揺さぶられたことは確かだ。夜空に浮かぶ真っ白な便器を思い浮かべると,なぜだか北欧の静かな森で,深呼吸でもしたような清々しい気分になった。そのくせ,
「こんなの詩じゃないよねー」
と,友達と息が止まりそうになるくらい笑いあったのもよい思い出だ。
ノートの切れっぱしは,その後も生徒の手から手に渡り,全校を回っていた。多くの人が感動した証拠だと思う。
それから少しして,私はノートに好き勝手な文章を連ね始めたのだが,そのときの感動がきっかけの一つになっているのかもしれない。形にとらわれず,自由に表現したものから創作の勇気をもらったのだと思う。
あの短い文章には,ユーモアと風刺があり,可能性が宿っていた。
間違いなく詩だった。
(『ことばの学び』No.15 2022年4月発行より転載)
まはら 三桃 まはら・みと
作家。
1966年,福岡県北九州市生まれ。2005 年講談社児童文学新人賞佳作受賞。翌年デビュー。2011 年『鉄のしぶきがはねる』で坪田譲治文学賞を受賞。作品に『たまごを持つように』『奮闘するたすく』『思いはいのり,言葉はつばさ』『零から0へ』などがある。
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