三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.25 日本の笑い話は会話調④:高コンテキスト文化と低コンテキスト文化

大島希巳江
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員

2024年09月20日

アメリカ人は日本人よりおしゃべり?

 少し前の調査ですが、成人が1日にしゃべる時間を日米で調べ、比較した結果があります。日本人の成人が1日にしゃべる時間は平均3時間31分、アメリカ人のそれは6時間43分でした。ステレオタイプ的なイメージとして「陽気でおしゃべりなアメリカ人」「寡黙な日本人」という図式があるとしたら、このデータはそれを裏付けることになります。当然、個性がありますから人によって異なるとはいえ、本当に多くのアメリカ人はただおしゃべりなだけなのでしょうか? そして日本人はひたすらじっと黙っているだけなのでしょうか?

 理由の一つとして考えられているのは、文化コンテキストの違いです。No.16(笑いとユーモアの根底にあるもの ①)でも少し触れましたが、コミュニケーションのスタイルはその文化や社会における背景要素であるコンテキストに大きく影響を受けます。文化コンテキストは主に高コンテキスト(high context)文化と低コンテキスト(low context)文化の二つに大別されます。これは「言わなくても伝わる文化」と「言わなければ伝わらない文化」に分かれるとも言えます。「言わなくても伝わる文化」では、常識の層が厚く、言わなくても済む部分が多いのでしゃべる量が少なくて済みます。対照的に、「言わなければ伝わらない文化」では言葉を尽くし、相手に不足している情報を与えるためにたくさんしゃべる必要があるということになります。

高コンテキスト社会ならではの漫才

 高コンテキスト文化とは、人々がお互いに多くの情報や常識を共有していて、強い人間関係で結ばれており、単純なメッセージでも深い意味を伝え合うことができる文化のことを指します。日本や韓国のように人口の大多数が一つの民族で構成されており、伝統や一定の行動規範が重んじられる社会が代表的な高コンテキスト文化です。共通の言語を使用し、文化や社会に対する共通認識が高いため、「これって当たり前だよね」「これって当然よね」と言い合える部分が多いと言えます。「1を知って10を知る」や「言われなくてもわかるはず」といった表現がまかり通るのも、高コンテキスト社会ならではだと思います。高い察しの能力が求められることが多いでしょう。このような文化では、「内輪うけ」のような身内同士でなければわからないような笑い話が主流となります。日本でウケる漫才などのネタがそのままでは海外で通用しないのは、高コンテキスト文化の中だけで理解し合える社会通念や規範が基になっているからです。まずその基となる社会通念を理解した上で、そこから逸脱するから初めて面白いということになるわけです。

 

例えば、昔このような漫才がありました。

 

・・・「何かお探しですか。」

「いや、ちょっとズボンをね。ありますか?」

「あ、ズボンですね。わかりました、わかりました。お客様、こちらの赤いズボンなんていかがですか?」

「あぁ、これね。」

「今、貴様が着ている服と合うと思うんですけど…」

「貴様ってなんやねん。下げすぎや。上げろ。」

「今、仏様が着ている服と合うと…」

「上げすぎやお前。あいだや。」

「アイダさんが着ている…」

「アイダではないねん。名乗るわけがない。」

「何て言うたらええの!」

「今、お客様が着ている服と合うと思うんですけど!って言えや。」

・・・

「当店、スタンプカードやってるんです。」

「あ、ポイントね。」

「1円ごとに1つ押しますね。」

「押しすぎやアホ、お前。」

「(スタンプを連打する動き)」

「そんなん500円とか1000円ごととかにしとかんと。1円ごとやったら2000個ペンペンしていかなあかんよ!」・・・

―『M-1グランプリ 2007』決勝戦、キングコングのネタより一部抜粋

 

 この漫才は、お客さまに対してどのような言葉遣いをするのが日本社会の常識であるか、ということを知っていなければ面白さは伝わりません。そもそも店員と客は対等な立場にある、という考え方の欧米社会においては常識が異なるので言葉遣いだけでなく、店員の横柄な態度がなぜおかしいのか理解できない可能性が高いと思います。また、お店ごとにポイントカードにスタンプを押して貯める、というシステムは日本でよく見られる光景です。後半部分についても、まずはそれを知っていることが前提となり、そこから1円1スタンプは多すぎるという常識からのズレが面白さを引き出しています。これらの高コンテキスト社会ならではの前提や常識は、いちいち説明されません。そこは「言わなくてもわかる文化」の部分になるわけです。

低コンテキスト社会では文化を言語化する

 一方で、低コンテキスト文化では個人主義が発達しており、個人の考えや価値観が尊重されると同時にばらばらである傾向があるために、共有される前提や常識が限定されます。人々が共通認識として持っている常識の層が薄いと、少ない言葉では察し合うことが難しく、お互いに明確なメッセージを伝え合うためには言語に頼る必要があります。そのため、低コンテキスト文化では言語を駆使し、より高いレベルで使用する能力が求められます。

 言語や民族背景が異なる人々が共存するアメリカやヨーロッパ諸国などの移民社会が代表的な低コンテキスト文化です。「当たり前」が人ぞれぞれ違うので、自分の当たり前を前提にコミュニケーションをとることができません。そのため、これらの国へ行くと、まず自分の考えや常識を主張し、前提がどこにあるかを伝えるところから会話が始まります。高コンテキスト文化では必要のない部分を言語化して表現しなければならないのです。前に示した調査結果のように、しゃべる量が増えるのはこういったことも理由にあると考えられています。ただ、「言わなければ伝わらない」のですが、「言えば伝わる」という合理的な面も持ち合わせていて、言語を駆使して相手にメッセージを伝えることに労を惜しまないという良さもあります。

 このような社会では、笑いと言えば「外向け」の会話やジョークが主流となります。会話においては、相手の合いの手(ツッコミやボケなどを含む)や話を補う補完のコメントに頼ることができないので、自分一人で完結するトークが人々にとってわかりやすい、というところに落ち着く傾向があります。低コンテキスト文化の人と話していると、相手があまり間をもうけることなくしゃべり続けるので、割り込みにくい、と感じる日本人は多いようです。これは、前回のコラム(No.24 日本の笑い話は会話調③)で述べたように「間」を嫌う性質と、常識の異なる相手の合いの手の補完に頼らないで話すことに慣れているから、ということがあるでしょう。とはいえ、低コンテキスト文化の人同士の会話では、お互いにかなり無理やり相手の話に割り込んで、話をかっさらっていったりします。

 

 以上のような違いから、高コンテキスト文化では言語の価値が低く、低コンテキスト文化では言語の価値が高くなる、という傾向があります。会話の中で口に出して相手に伝えなければならない情報量が低コンテキスト文化では多くなります。そのため、アメリカでは1日にしゃべる時間が日本の2倍ほどになるということなのでしょう。

 

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大島希巳江 著
定価 2,200円(本体2,000円+税10%) A5判 128頁
978-4-385-36156-7
2013年6月20日発行

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プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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バックナンバー

    

No.26 日本の笑い話は会話調⑤:点と線のコミュニケーション

2024年10月21日
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No.25 日本の笑い話は会話調④:高コンテキスト文化と低コンテキスト文化

2024年09月20日
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No.24 日本の笑い話は会話調③:コミュニケーションスタイルの違い ―沈黙の使い方

2024年09月02日
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No.23 日本の笑い話は会話調②:プロのエンターテインメント編

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