三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.20 笑いとユーモアの根底にあるもの⑤:英語圏の「出来合いジョーク」と日本の「おもしろい話」

大島希巳江
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員

2023年09月08日

普遍的である一方、距離感のある「ジョーク」

No.19 笑いとユーモアの根底にあるもの④ の中でも紹介した「日本一おもしろい話プロジェクト」に寄せられたおもしろい話の中でも「普遍的なもの」が少々異質なことにお気づきでしょうか。普遍的、つまりおおよそどこの文化圏でもどこの言語に翻訳しても通用するであろうという種類の笑い話です。【プロポーズ】の他に、こんな投稿もありました。

 

【禁煙】

「禁煙したいんだけど、なかなかできないんだ。」

「禁煙なんか、簡単だよ。」

「本当?お前、禁煙に成功したのか?」

「ああ、もちろん。7回も禁煙したことあるさ。」

 

話の内容や、なぜおもしろいのかは理解できるけれども、思わず声を出して笑ってしまうというほどの威力を持たない、いわゆる外国のジョークを翻訳したような違和感を持つ人が多いのではないでしょうか。内輪ウケのような親近感や、誰かの実体験であるようなリアルさが感じられないのです。そういった理由から、少々距離を感じるのかもしれません。実際に外国語のジョークを翻訳して投稿した人もいたようですから、普遍的ジョークの出身は日本とは限らないようです。

日本のおもしろい話の代表的なものは、個人的なエピソードや失敗談であることが多く、「わかる、わかる〜」「いるよね、そういう人!」と笑いながら頷けるものが多いようです。嘘のような話や、どこか遠くの誰かの話はなかなか人々の心をくすぐるに至らないのでしょう。

人と人とを近づける「おもしろい話」

【お好きなもの】

銀行の窓口で働いているのですが、時々新規の口座を開きにご年配の方がいらっしゃるので対応しています。

「ここには4桁の暗証番号を書いていただきます。」

「どこ?」

「この4つの四角の中に、それぞれお好きな数字を書いてください。」

「好きなの書けばいいの?」

「はい、お好きなものを。」

するとその方が4つの四角の中に、「す・き・や・き」とお書きになりました。

・・・すきやきがお好きなんですね。

 

このような話は、実際に起きたことなのであろう、と容易に想像がつきます。あり得る状況の中でもなかなか新鮮な話です。以前にもどこかで聞いたことがあるような、誰かが繰り返し使うネタにはない、リアルさが好感度を高めています。その中でちょっとした意外性を持つオチが、ユーモアの定義にもある「通常期待される常識的言動からの逸脱」というところに当てはまり、ユーモラスに感じるわけです。

 

こちらの話も新鮮かつリアルで、日本語ネイティブにはなかなか思いつかない意外性のあるオチが楽しめる話です。

 

【日本語教師】

外国人に日本語を教えています。「どんより」を使って文章を作ってくださいと言いました。すると、ある生徒が「私はうどんよりそばが好きです。」という解答を書いてきました。

 

日本では、お互いに笑い話やおもしろい話をする目的として、主に「お互いをよりよく知り合うため」、「体験を共有して絆を深めるため」、「お互い仲が良いということを確認するため」などがあると以前述べましたが、「日本一おもしろい話」プロジェクトでも、そのような傾向が見て取れます。

 

【怖い話】

母が友人と温泉旅行に行った時の話です。夕食後に旅館に到着し、チェックイン。たまたまその日はエレベーターが故障していて、11階まで階段で上らなくてはならないとのこと。でもまあ、明日にはエレベーターは直っていることだし、いい運動になるからいいか!と階段で行くことにしたそうです。せっかくだから、一階上るごとに怖い話を一つずつしようということになり、順番に怖い話をしながら10階まで上ってきた時のこと。母がハッとして「ねえねえ。私今から一番怖い話するね。・・・フロントに部屋の鍵忘れてきた。」

 

このような体験談から、母親が友達と温泉に行くようなアクティブな人であること、11階まで階段で上る元気があること、母親が陽気でちょっとドジな性格であることなどがわかります。この人の母親はこういう人格の持ち主なのだな、と理解することができるため、人との繋がりを感じることができます。出来合いジョークを語り合うのとは全く異なる目的が果たせるのです。

とはいえ、英語の出来合いジョークにも重要な役割があります。次は英語圏で頻繁に語られる、出来合いジョークの特徴を見ていきましょう。

 

やってみよう!教室で英語落語 [DVD付き]

大島希巳江 著
定価 2,200円(本体2,000円+税10%) A5判 128頁
978-4-385-36156-7
2013年6月20日発行

三省堂WebShopで購入

プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科,「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

『NEW CROWN』の詳細はこちら

バックナンバー

    

No.22 日本の笑い話は会話調①:日常会話編

2023年12月04日
大島希巳江

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No.21 笑いとユーモアの根底にあるもの⑥:英語圏の「出来合いジョーク」が果たす重要な役割

2023年10月11日
大島希巳江

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No.20 笑いとユーモアの根底にあるもの⑤:英語圏の「出来合いジョーク」と日本の「おもしろい話」

2023年09月08日
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No.19 笑いとユーモアの根底にあるもの④:
「日本一おもしろい話」プロジェクトの結果から見る、日本の笑い

2022年11月30日
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No.18 笑いとユーモアの根底にあるもの③:
「世界一面白いジョーク」=「世界一みんなに理解されやすいジョーク」

2022年11月30日
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