三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.14 初対面でのあいさつや,日常の声掛けににじみ出る文化差

大島希巳江
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

2021年03月30日

初対面の相手に,何をたずねる?

 どこで生活していても,自分と相手の母語が異なる場合はどうしても英語でコミュニケーションをとるということが主流となります。そんな中で,特に初対面のときにどのような会話をするか,どのような質問をするものなのか,に文化差が出るような気がします。まず,なんといっても日本人は,相手の年齢や学年を人間関係のかなり初期の頃に知ろうとします。少なくとも聞きたくなる,気になる,というのは確かです。直接聞くのは失礼だとしても,「干支はなんですか?」「誰々の同級生なんですね?」など遠回しに年齢を話題にすることは多いようです。これは世界の多くの人にとって,なかなか不思議な習慣のようです。日本では相手が自分より年上か年下か同級生なのかによって態度や話し方を変える,という慣習が関係していると思われます。相手の年齢をある程度知っていないと,尊敬語や謙譲語などを適切に使い分けられないので,話しにくいと感じるのかもしれません。アメリカ人の友人には,親友の誕生日は知っていても何歳になるのかは知らない,と言う人がいます。それほど気にしたことがないそうです。そういった意味で, “How old are you?” “What year were you born?” のような質問は,必要性が生じない限り,ほとんど会話の中で交わされないと思いますが,日本人の英語にはこのような年齢に関するフレーズは多いように感じます。

 

 ヨーロッパ圏の人々との会話では,思いがけず多い質問が,国籍や出身国に関するものです。以前,夫がイタリア人女性と何かの会合で会ったときに,会話のかなり初期の段階で “So, what is your wife’s nationality?” (ところで,あなたの奥さんどこの国の人なの?)と聞かれて驚いたそうです。アメリカに住んでいる限りは,配偶者や家族の出身地や現在住んでいる所を聞くことはあっても,国籍を聞くということはあまりないと思います。初対面で相手や家族の国籍を聞くことは,どちらかというと失礼な,場合によっては差別的な質問だとアメリカでは考えられているようです。しかし,ヨーロッパの国々はお互いにかなり近しい交流があり,夫婦で出身国や国籍が異なるというケースはかなり多いと思われます。彼女自身がイタリア人でも,彼女の夫はベルギー出身で実際に住んでいるのはフランス,彼女の妹の配偶者はドイツ人でスイスに住んでいるかもしれないのです。単純に,共通の話題を求めてお互いの家族の国籍や出身地を聞いているのではないでしょうか。彼らの間ではいたって普通の質問であり,日本人が相手の年齢を探るような質問をするのと同じような感覚なのかもしれないです。

 

 もう一つ,私の経験上面白いなあと思う質問が,初対面で聞かれる “How much do you make every year?” (年収はいくらですか?)です。これは圧倒的に中国からやってくる留学生に聞かれる質問です。この他, “Are you married? Do you have children? Do you have a house? Where is your house? What kind of car do you drive?” (結婚していますか? 子どもはいますか? 家は持っていますか? 家はどこにありますか? どんな車を持っていますか?)など,ぐいぐい聞かれます。これは,ある種の相手に対するリスペクトの表れで,これらの質問に対して,答えがなんであっても「いやあ,すばらしく成功されていますね,おめでとうございます」という挨拶をするものなのだそうです。かなりプライベートに食い込んだ質問だと感じるかもしれませんが,これも文化の違いでしょう。年齢に関すること,国籍に関することも,他の文化圏ではかなりプライベートな内容です。どのような情報がプライベートで,どのようなことがオープンなのか,そのあたりの感覚が文化圏によって異なるので,初対面で聞いても失礼にあたらない質問が変わるということなのですね。

日常の声掛けにも,文化の違いが!

 もう一つ,つくづく感じるのはアジア系のお母さんたちはすぐに “Are you hungry? No? Are you sure? Can I get you something to eat?” (お腹すいていない? いらない? 本当に? 何か食べ物用意しましょうか?)とやたら繰り返すことです。アメリカに住んでいても中国系,韓国系,日系のお母さんたちはゲストが来ればしょっちゅう食べ物,飲み物をオファーします。子どもたちのお友達が家に遊びに来るときなどは,お昼ご飯やおやつをオファーしても遊びに夢中でなかなか食べに来ないものですが,私を含むアジア系のお母さんたちは何度も “You must be hungry, you should eat.” と声を掛けます。

 

 それに慣れているためか,ちょっと困ったことがありました。No. 11でも紹介した,我が家の子どもたちがお友達(アジア系ではない)の家に招待されて一日遊びに行ったときのことです。一日お世話になるのだから,と私は気を遣ってお昼ご飯の足しにとのり巻きをたくさん作り,果物もカゴいっぱい用意してお友達のお母さんに渡しました。とても喜んでくれたのですが,子どもたちが夕方6時に帰ってきたとき一日何も食べていなかったのでお腹がすいた! と言うのです。子どもたちを車で送ってきてくれたお友達のお母さんは,ニコニコしながら “The kids didn’t eat anything at all. They must be hungry. By the way, the sushi was delicious! Thank you. We still have a lot, so my husband can have it when he gets home for his dinner. He is going to like that!” (子どもたち,何も食べなかったのよ。だからお腹すいていると思うわ。でもお寿司美味しかったわー! ありがとうね。まだたくさん余っているから,夫が帰ってきたら夕食に食べさせてあげようと思うの。きっと喜ぶわ。)彼女と彼女の子どもたちは,私が持って行ったのり巻きをランチに食べたのだそうです。しかし,我が家の子どもたちは何も食べられなかったのはどういうことなのでしょうか? 子どもたちに聞くと,11時半頃にお友達兄弟はもうお腹すいた! のり巻き食べたい! と言って食べ始めたそうです。その時間帯にはうちの子どもたちはまだそれほどお腹がすいていなかったので,食べなかったそうです。その時,たしかにお母さんが “If you are hungry, you are welcome to eat these sushi or quiche I made. Just let me know.” (もしお腹すいてたらのり巻きでも私が作ったキッシュでも食べてね。まあ,声掛けてちょうだいね。)と言っていたそうです。しかし,その後お母さんの方から「そろそろ食べる?」とか「お腹どう,すいていない?」などの声掛けがなかったので,いくらお腹がすいていても食べられなかった,と言うのです。日本の子どもは,人の家に遊びに行ってお腹がすいたからといって,自分からお腹がすいたから何か食べさせてくださいとはあまり言わないでしょう。何度も声を掛けてもらうことに慣れているので,オファーしてもらったときに食べるのだと思います。このアメリカのお友達のお家では,一度オファーしたのだから,あとはお腹がすけば自分から食べたい,お腹すいた,と言ってくるのが当然と思っていたわけです。何度もしつこく “Aren’t you hungry? Maybe you should eat. You haven’t eaten, it’s almost 6 o’clock!” (お腹すいていないの? そろそろ何か食べたほうがいいんじゃない? もうすぐ6時になるのに,まだ何も食べていないじゃない!)とは言わないでしょう。私なら,子どもたちの友達を8時間も預かっておいて何も食べさせないで家に帰すなんて,考えられません。無理にでも何か食べさせると思います。このしつこさ,アジア人だなあ,と思います。たしかに,アメリカ人の子どもたちを預かると “Are you hungry?” と聞かなければならない状況はほとんどありません。何もオファーしていなくても,自分からお腹すいた,何か食べたい,とぐいぐい言ってくるからです。こんなところでも,文化圏によって頻繁に使う英語が変わってくるのだなあ,とつくづく思うのです。

 

 頻繁に使うといえば,朝,家族を家から送り出すときになんと声を掛けるか,も異なります。日本語ならば「いってらっしゃい」「がんばってね」「しっかりね,ちゃんと勉強するのよ」などと言うと思います。これが英語になると “See you later!” “Have fun.” “Good luck!” になりかわります。言われる側も,ちょっと気分が違いますね。日本語なら「がんばらなきゃ!」と思うところを,英語なら「have funすればいいんだな」という感覚になります。ちょっとした決まり文句でも言語が変わるとメンタリティも変わるということかもしれません。

 

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大島希巳江 著
定価 2,200円(本体2,000円+税10%) A5判 128頁
978-4-385-36156-7
2013年6月20日発行

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プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学,異文化コミュニケーション,ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ,自身も古典,新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画,世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に,『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂),『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社),『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔),『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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