三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.13 都合のよい言語を使うコード・スイッチング

大島希巳江
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

2020年09月16日

 「コード・スイッチング」というコミュニケーションの技法は,全ての人があらゆるレベルで使っています。コード・スイッチングとは,話している相手の状況や言語能力,自分との関係をすばやく察知して,話し方や話すスタイルを切り替えることを指します。例えば,目の前に5歳の子どもがいれば「○○ちゃん,元気ですかー? 何して遊んでたのー? これかわいいお洋服ねー。」のように,声のトーンを高く明るくし,わかりやすい単調な話し方をします。ここにこの子どもの母親が現れれば,すぐにコードを切り替えて「お久しぶりです。お元気でしたか? いいお天気ですね。」のように,丁寧語を使い,落ち着いた声で話します。このように,人は話し相手(上司,部下,同僚,仲のよい同僚,親友,知り合い,ご近所,祖父母,両親,兄弟,お店のスタッフ,レストランのウェイター,etc.)によって話し方を選び,その場の状況にあったコードに切り替えて話しています。大人になればおおよそ20ほどの話し方コードを持つようになると言われています。

多言語使用環境でのコード・スイッチング

 これが多言語使用の環境となると,さらにコードが増えるということになります。外国語で話すというコードが増えるだけでなく文化的要素が加わるので,ちょっと面白い現象が起こります。

 

 例えば,日本の夫婦は配偶者の両親のことを「お義父さん(おとうさん),お義母さん(おかあさん)」と呼びます。結婚したことによって家族になるので,実際には赤の他人であってもそのように呼ぶことによって家族としての絆ができるのだと思われます。一方,アメリカの夫婦は一般的に配偶者の両親のことは名前で呼びます。私の配偶者の両親の場合は, “David and Lisa” ですから,彼らのことはそう呼んでいます。日本の感覚では,友達みたいな呼び方だな,とちょっと違和感を覚えますが, “Dad, Mom” と呼べば,彼らのほうが違和感を覚えることでしょう。うちの場合は,ここではアメリカ式を選びました。

 反対に,アメリカ人の夫は,私の両親のことを「お義父さん,お義母さん」と呼びます。英語で話しているときでも, “So Oka-san, would you like some more chicken or more vegetables?”Oka-sanという表現を選んで使います。これは,Meiko(私の母の名前)と呼べば彼女が違和感を覚えるからです。本当はMeikoと呼ぶのが自然だと,夫は思っているようです。といって,夫は私の母のことを “Mom” と呼ぶことにはかなりの違和感を持ちます。MeikoMomの間をとってOka-sanとなっているわけです。Oka-sanということばが日本語なので,夫としてもMomよりはずっと言いやすいようです。私の母としても,MeikoMomと呼ばれるよりは,Oka-sanと呼ばれることのほうが自然に受け入れられるので,双方にとって都合がよいのです。

 

 アメリカでは対等な人間関係が尊重されます。そのため,相手の立場や年齢,自分との関係に関わりなく,ファーストネームで呼び合うということが多いように思います。学校の先生でも,生徒や学生に “Hi guys! You can call me John!” とファーストネームで呼ばせるケースも多いです。逆に,イギリス出身の先生が “Don’t call me Susan. Where did you get that habit? Call me Dr. Burton.” と生徒を怒っている場面を見たこともあります。子どもたちも,友達の両親のことをファーストネームで呼ぶ習慣があります。日本の子どもたちは友達の両親のことを○○ちゃんママ,とか○○くんパパ,のように呼ぶことが多く,場合によってはご両親の名前を知らないということもあります。アメリカの子どもたちは私のことをしっかりファーストネームで呼びます。 “Hey, Kimie, can I come over to your place this weekend? We want to go fishing at the lake by your house.” (ねえキミエ,今週末遊びに行っていい? みんなで近くの湖で釣りしたいんだ。)やはり,まるで友達に話しかけられているような感覚です。このように呼び方に人間関係の対等さが現れます。日本に住んでいるバイリンガルの子どもたちは,日本語を話しているときは「○○くんママ」表現を使い,英語で話しているときはKimieを使います。英語なら “Hi, Kimie, can we play tennis this weekend? Is Taiga busy on Sunday?” ,日本語なら「タイガママ,今週末テニスできる? タイガ日曜日は時間ある?」と言います。この切り替えはなかなか面白いですね。

「決まり文句」の難しさ

 いわゆる決まり文句を別の言語に変えて使うのは難しいことです。文化的要素が強すぎて翻訳しきれないものが多いからです。もう何年も前になりますが,私の父が亡くなったときに多くの方がご挨拶にいらしてくださいました。日本語でも英語でもある程度の決まり文句があり,それを言うのが無難ということではあるのですが,ちょっと面白いことがありました。アメリカ人の同僚が,「この度は本当にごめんなさいでした」というメッセージをくださったのです。なるほど “I’m so sorry for your loss.” を自分なりに日本語にしてくれたのだと思います。日本語の堪能な方ですが,日常でほとんど使わない「この度はご愁傷様でした」や「お気の毒でした」などの表現が思いつかなかったのでしょう。

 

 日本語の「お疲れ様です」「お疲れ様でした」という表現の使い方の難しさを,別のアメリカ人の同僚に相談されたことがあります。この方はさらに日本語が堪能なのですが,「会議の終わりとかに疲れてもいないのにお疲れ様,と言うのはとても不思議。さらに,朝仕事にやってきてすぐに『どうもお疲れ様です~!』と言われるのは,もっと不思議。まだ朝だよ,来たばっかりだよ,疲れてるわけないじゃん! って思うわけ。丸一日会議やって,授業やって,本当に疲れたね,という状況で言うのならわかるけど,他の状況でのお疲れ様です,はいつ使っていいのかさっぱりわからない。使われたときもどう返せばいいのか本当に困る。しかも,お疲れ様『です』,って何??? 『でした』じゃなくて,『です』ってどういう意味かわからないし,『でした』との使い分けもみんなちゃんとわかっているようだけど,僕にはわからない!」と,困惑した様子でした。このような決まり文句,多いですね。一生懸命,状況などを説明しながら,どのように対応したらよいか一緒に考えました。

 この使い分け,実は日本人である私たちもそれほど明確に意味を持って使っているわけではないような気がします。そこで,これは挨拶の一つである,という捉え方がよいのではないかと考えました。本当はいろいろ意味があるのだけれど,普段はそこまで深く考えずに使っている決まり文句のような挨拶ことばは他にもあります。例えば,「いただきます」「ごちそうさま」「いってきます」「ただいま」など…。こういったことばはちゃんと言ったほうが丁寧であるし,何も言わないよりは一言添えたほうがよい気がします。「お疲れ様です」「お疲れ様でした」はそれに似たような機能を持っているのではないでしょうか。その場に来てくれたことにありがとう,ここに来るまでに既に仕事をこなしてきているかもしれないから,それに対してお疲れじゃない? という気づかい,今からの仕事が大変でしょうからお疲れになるわね,など,おそらく状況によってさまざまな思いから,職場で顔を合わせたらまず「こんにちは,お疲れ様です!」と声をかけるのではないでしょうか。そして一日も終わりにさしかかってきたら,きっとお仕事もそろそろ終わりでしょうから気をつけて帰ってね,さようなら,などの総称で「お疲れ様でした」なのだと思います。疲れているかどうかは関係なく,相手への気づかいなのでしょう。食事の前後の「いただきます」「ごちそうさま」にしても,本来は食事を作ってくれた人や食材になってくれたお肉やお野菜に感謝の気持ちを表しているものと思われますが,毎回そこまで深く考えて言っているとは限りません。でも,そういった挨拶ことばが存在するということは,その言語を話す人々の価値観が表れているということです。それはやはり気持ちのよいものだな,と思います。

 なお,英語には「お疲れ様でした」にぴったりの表現がないので,英語話者だけの会話や会議のあとでもお互いに “OK, so that’s it for today…, very good, じゃあ Otsukare-sama deshita! Thank you, guys.” と言ったりしています。都合のよいことばは使われるものです。

 

やってみよう!教室で英語落語 [DVD付き]

大島希巳江 著
本体2,000円+税 A5判 128頁
978-4-385-36156-7
2013年6月20日発行

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プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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