大島希巳江
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員
2019年07月25日
アメリカに住んでいると,様々な人々の意見にふれる機会に恵まれています。「実はそんなこと思っていたのね!?」と驚くような話を聞くことは大変貴重です。ブルガリアからやってきて,アメリカ在住15年という仲良しのご家族がいます。子供たち同士もとても仲良しなので,遠慮なく様々な意見を交換できる仲です。そのご家族のお母さんがある日,こんなことを言いました。
“I don’t know what you think, Kimie …. But I always thought it’s really strange that Americans always ask, ‘How are you?’ Why do they care? I mean, nobody cares how I feel. It doesn’t matter. Why do they ask?? I never knew what to say …. ‘I’m fine?’ but no, I’m not always fine. Busy? Tired? Or a lot of times, I am feeling nothing, just normal, right? But then after a long time living in America, now I think it’s kind of a nice thing to say. Even though they don’t really care how I am, well, I guess it’s still nice to ask. Now I feel good to be asked. That’s one good thing about Americans.”
あまりにもはっきりと,How are you?というアメリカらしいセリフの無意味さを言いつのった彼女のちょっと怒ったような言い方も面白くて,大爆笑してしまいました。よく考えてみたら彼女の言うことにも一理あります。「How are you? って,ただ言っているだけでしょう?」と言われたら確かにその通りかもしれません。会話をするための,フレンドリーなスモールトークの一部です。深い意味はないにしても,それにはそれなりの意味があって,「仲良くしましょうね」「私悪い人間じゃないわよ,フレンドリーな人よ」などちょっとしたメッセージを発信しています。
彼女曰く,ブルガリアでは,あまり意味のない会話はもたないそうです。それほど仲良くない人には無理やり話しかけないし,ましてや初対面の人に “How are you?” だなんて,そんなこと聞いてどうするの,赤の他人がどんな気分だろうと関係ないわ,と思うそうです。まあ,確かに。面白いご意見です。そう言われてみれば,彼女は顔を合わせるたびにおしゃべりはするけれど How are you?とは聞きません。 “So, what did you do this weekend?” “Do you want to go to the zoo with us?” “Did the kids play tennis tournament last week?” いつだってビシッとダイレクトな質問をしてきます。
そんな彼女もアメリカ人のいいところは,自分と関わりの薄いどうでもいい人に対しても,とても親切で必要以上に声をかけてあげるところだ,と認めているそうです。そんなアメリカ人の「人の好さ」が “How are you?” に表れている,と長年かけて分析したとのことです。なかなか説得力があります。なお,彼女のお子さんたちはアメリカ生まれなので,ご両親とは異なる感覚を持っているようです。苦笑いしながら “I don’t mind people asking me how are you?”と言っていました。どのような場面でどのようなことを言うのか,文化の違いがことばに表れる面白い瞬間ですね。
こんなこともありました。子供たちがジャックとビルというお友達兄弟の家に招待されて,土曜日一日彼らのお家で遊ばせてもらうということになりました。農場が広がるとても素敵なお家で,子供たちもとても楽しみにしていました。朝から夕方まで遊ばせてくれるということでしたので,日本人の私としては多少気を使ってお昼ご飯の足しに,とのり巻きをたくさん作って持たせました。むこうの子供たちも,日本のsushi(アメリカの田舎なので,こちらではほぼ「のり巻き」を指していた)が大好き!とのことだったので,エビ天ぷら巻き,卵焼き巻き,カリフォルニアロール,アボガドにチキン照り焼き,とみんなが好きな種類をいろいろ取り混ぜて作りました。むこうのお母さんも “I will make something to eat, too!” と言ってくれて,安心して朝から子供たちを預けたのです。
ところが夕方6時ころ,子供たちを送り届けてくれた彼女は一言 “The kids didn’t eat anything. So we’ll have your sushi for dinner. Thank you!” 子供たちは家に帰ってくるなり「お腹すいた~。」朝うちを出てから全く何も食べていないとのことでした。一体どういうことかと思い,子供たちに聞いてみると ⋯,たしかに12時ころ,ジャックとビルのお母さんが “Do you guys want to eat?” と聞いたそうです。でもその段階では誰もお腹がすいていなかったので,みんなで “No, we are not hungry!”と答えて遊び続けたそうです。やがて少しはお腹がすいてきたけれど,ご飯食べる?とは聞かれなかったので,食べるのを忘れて遊んでいたら夕方になっていて家に送ってもらった,とのことでした。つまり,彼女自身の子供たちも朝食以降夕方6時まで何も食べていないのだそうです。これは食生活と習慣の大きな違いです。
そもそも,住んでいたあたり(アメリカの田舎)はあまりランチを重視しない文化ではあると思います。ちょっとしたクラッカーとチーズと果物だけなど,お昼ご飯というよりはスナックのようなもので午後の時間帯を乗り越えてしまうご家族も多いです。食べるということを重視していない上に,お母さんとしては食べ物を一度はオファーしたのだから,あとは食べたかったら食べに来るだろう,という感覚だったのだと思われます。しかし男の子4人で農場と近くの森を探検しまわっていたら,8時間くらい食べることなど忘れてしまうでしょう。それをいちいち心配して「ほら,ご飯食べなさい~!もういい加減お腹すいたでしょ~!」と声をかけるほど,こちらのお母さんはおせっかいではないと思います。そんなわけで,まったく悪気もなく「きっとお腹すいていると思うわ,だって4人とも何にも食べていないんですもの」と笑いながら子供たちを送り返してくれたのです。こちらとしては,多少がっかり「え~?わざわざのり巻き持たせたのに?」という気分です。
アメリカに住んでいても日本,韓国,中国のお母さんたちは,しょっちゅう子供たちに「お腹すいていない?何か食べる?」「何食べたい?お腹すいているでしょう?」「遊んでばかりいないでちょっとは何か食べなさい,もう夢中になるとすぐに食べるの忘れちゃうんだから!」と言っているような気がします ⋯。一日三食きちんと食べる,ということを重視する文化が背景にあると思います。また,自分の家にやってきたゲストには目一杯のおもてなしをし,おなかをすかせたままゲストを帰すなどもってのほか,と感じているのではないでしょうか。私自身も “Are you hungry? What would you like to eat? とうちに来たゲストや子供たちのお友達に何度も聞いているような気がします。もしかしたら,ちょっとウザいかも?
この “Are you hungry?” “Would you like something to eat?” というセリフ,やはりアジア系の人からはよく聞くセリフです。中国系のお友達などは,ほとんど挨拶のように聞いてきます。そしてお母さん方,本当によくいろいろな食べ物を持ち歩いていらっしゃいます。アメリカのお母さんは本当によく手ぶらで午後いっぱい遊びに来ますので,結局アジア系のお母さんたちが全員に食べさせるはめになる,という光景によく出くわします。アメリカ田舎だからかもしれませんが,この辺りの子供たちは,お腹がすいたら「お腹すいた!」と言います。そこに食べ物があろうとなかろうと,とにかく言います。自分の親が食べ物を持っていなければ,友達の親にお腹すいた,と言います。何も食べるものがなければ,別に文句も言わずに諦めます。私個人の経験では,アジア系,イタリア系,ユダヤ系の子供たちは,自らお腹すいたとはあまり言いません。親が先に聞くからかもしれませんが,ましてや友達の親にお腹がすいたので何かちょうだい,とはまず言いません。何か食べる?と聞いてもらえれば,そのオファーを受けることはできるのですが,自らリクエストすることは難しいのでしょう。
ジャックとビルのお母さんも,子供たちが「お腹すいた~!」といえばもちろん,私が持っていったのり巻きも,彼女が作ったキッシュも出してあげるつもりだったと思います。でもお腹すいたと言わなかったのだから,食べさせる機会がなかった,ということでしょう。我が家の息子たちも,この経験を活かして,次はちゃんとお腹すいたと言えるように,よく話し合ったのですが ⋯。「人の家へ行ってお腹すいた,と主張しなければならないくらいなら,お腹をすかせたまま思い切り遊んだほうがまし」だそうです。その後もジャック&ビルの農場と森へ探検に行く機会がありましたが ⋯もう,そうなったらズボンのポッケにおにぎり仕込むしかないですね。
(掲載:2019年7月25日)
大島希巳江
おおしま・きみえ
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員
教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。
1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。
著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。
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