大島希巳江
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員
2017年09月05日
英語の脱英米化を最初にはかったのは,英語圏に移住していった非英語圏の人々かもしれません。新しい英語の言葉を作ったり,自分たちの言葉をそのまま英語の中に持ち込んだりする,ことは移住したばかりの初期段階から行われます。しかし,文法の簡略化や変化,新しいルールを確立するまでに至るには,さらにその言語を使いこまなければなりません。
そのよい例がハワイのピジン英語です。ハワイは,1800年代から多くのアジア系を含む移民を受け入れた,多民族社会です。プランテーション所有者である英語話者との会話だけでなく,非英語圏からやってきた移民同士も英語でコミュニケーションをとらなければならなかったため,英語の簡略化がすすみました。複雑な動詞の変化を避けるため,過去形は動詞の原型にwenをつけることによって表現します。シンプルで間違えにくいルールです。
I came home. ⇒ I wen come home. She studied economics in college. ⇒ She wen study economics in college. |
また,ピジン英語では付加疑問文の文末に使われる~ isn’t it? の代わりに,~ no?や,~ yeah?などが使われます。日本語でいうところの,「~じゃない?」「~でしょ?」のように,表現を和らげる役割があります。ハワイだけでなく,海外在住の多くの日本人が「~ne.」(~ね)や「~desho.」(~でしょ)を使っています。日本在住の英語話者も使っていますね。
他にも,No.6で紹介したような複数形を使わないこと(two pens⇒two pen),be動詞をあまり使わないこと(You guys are not good.⇒You guys no good.)などの簡略化ルールも定着しています。これらの特徴は,ハワイだけではなく,英語の使用頻度の高い他の民族の英語にも見られる特徴です(e.g. アフリカン・アメリカンの英語など)。
ハワイの移民の中で最も多いのは日系人です。そのため,単語レベルではかなりの数の日本語がピジン英語に含まれています。以下にほんの一部ではありますが,いくつか例を紹介します。中にはもともとの意味から少し離れていったり表現が変わったりしているものもあり,なかなか面白いです。
Bento 弁当(テイクアウトのものを全般的に指すこともある) Boro-boros ボロボロの服(プランテーション時代の苦労のなごりが垣間見られる) Bocha お風呂(擬音語から派生したと考えられる) Chawan cut 坊ちゃん刈り(茶碗をひっくり返したような髪型であったことから) Hibachi 鉄板焼き(火鉢が転じて鉄板焼きを指すようになった) Tsuchi 土(プランテーション時代に頻繁に使われた言葉と考えられる) Number 順番(英語のturnのこと。日本語では「あなたの番」と言うことから) Uji 気持ち悪い(ウジ虫のイメージから派生したと思われる) Zori サンダル(ぞうりを指していたものが後にビーチサンダルも含んだ) Rippah すごい(立派な,という言葉から派生して意味が転じた) S’koshi 少し(発音や表記が変化したもの) Tsunami 津波(ハワイは津波が多いが当時はこれに当たる英語がなかった) |
地域による発音の変化
発音に関しては,thをdに置き換えることでよく知られています。That’s nice! ⇒ Dat’s nice! と,なかなかいい感じに収まります。日本人を含む多くのアジア系にとって,thの発音は困難(もしくは面倒)なため,簡略化した発音に置き換えるというルールができました。いわゆる,ハワイ特有の英語の方言が出来たということでしょう。間違い,と言われれば間違いなのかもしれません。しかし,英語圏であるオーストラリアでもaをアイ,と発音します。これを間違いと言えるでしょうか。
私はオーストラリアで自分の名前のスペルを伝えるのにいつも苦労します。It’s Kimie. ケイ,アイ,エム,アイ,イー。すると,必ずといっていいほどKamaeと書かれてしまいます。…「きみえ」じゃなくて「かまえ」になっている。…とはいえ,どれほどこれが困るかといえば,それほどのことでもありません。「私たちってaの発音が違うよね」と話し合えば分かり合えます。彼らも他の地域の英語との違いは認識しているし,私もだんだん慣れていきます。
つまり,英語圏と言われる地域同士でも発音が異なることがあり,英語を母語としていても,時として伝え合うことが困難なこともあるということです。スコットランドの英語,アイルランドの英語,テキサス州の英語など…,特徴的な発音やイントネーションが有名な英語は英語圏にもたくさんあります。これらの違いは楽しまれるべきです。そして,皆が堂々とそれぞれの英語を話すことでそれが世界にもどんどん広まり,世界の方が彼らの英語に慣れてくれるのです。昨今メディアでいくらでも関西弁を聞く機会があるからこそ,耳が慣れてほとんど理解できますが,実は今のようにふれる機会がなければ関西弁を聞き取るのは困難だったかもしれません。
日本語に置き換えて考えても,発音は各地域で異なり,それは間違いというよりは,地域の特徴や方言と捉えられるものだと思います。日本語学習者の発音にも特徴があります。例えば韓国の学習者は「ぞ」や「ざ」などの音が韓国語では認識されていないので苦手です。「先生,どーじょ。ありがとうごじゃいます」のように,かわいい発音になっているのはそのためです。それを,日本語ネイティブの発音と違うから間違っている,と批判する人は少ないのではないでしょうか。だって,日本語のネイティブではないのですから当然です。間違い,というよりは韓国人日本語話者の特徴として,私たちは普段から寛容にとらえているのではないでしょうか。英語も同様にとらえる必要があります。
文法にしても発音にしても,要するに慣れの問題なのかもしれません。どこからどこまでが理解不能な間違いで,どこからどこまでが許容範囲内の特徴なのか,そのボーダーラインは非常に難しいとは思いますが…。私たちがお互いに,世界がみんなの英語に慣れれば不自然が自然になっていくのでしょう。それならば,私たちはもっと自分たちの英語を発信して,世界に慣れてもらわなければなりません!
(掲載:2017年9月5日)
大島希巳江
おおしま・きみえ
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員
教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。
1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。
著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。
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