三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.5 グローバル英語の概念:英語には何種類もある

大島希巳江
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

2017年07月04日

特別な言語

前回、プレーン・ヨーグルトのような「味付けのない英語」(プレーン・イングリッシュ)と各地の文明が加味された「味のある英語」について述べました。現実的には、どこの地域にも文化圏にも属さない人というのはなかなかいないため、プレーン・イングリッシュのみを話す人間は存在しないと思います。逆に、複数の国や地域、文化圏や言語圏に属するという人はたくさんいて、するとやはりそれぞれの「味のある英語」を使っています。このように、世界には様々な英語が存在し、それらはWorld Englishesと呼ばれています。そう、英語の複数形です。

 

 

図のように英語が多様化するのはなぜでしょうか。これまでも述べてきましたが、まずなんといっても、英語は英語を母語としない人々によって幅広く使われているため、それぞれが自分たちの使い勝手がいいように英語を発展させたということが言えます。

 

 

また、他の言語には見られない特徴として、「英語が母語でないもの同士が英語でコミュニケーションをする」ということが日常茶飯事になりつつある、ということもあげられます。例えばASEAN(東南アジア諸国連合)は加盟国の10ヵ国すべてがアジア圏の国であるにも関わらず、唯一の公用語として英語を使用しています。EU(欧州連合)はイギリスが離脱しても英語を使い続けるでしょう。いまでは、世界50か国以上が英語を公用語としています。

 

 

この規模で話されている言語は英語だけで、言語史上初めてのことであるといわれています。もはや、イギリスやアメリカが嫌いな人でも、英語は使うというわけです。英語という言語から英語圏の人々や文化は切り離された、とも言えます。通常、言語と文化を切り離して考えるのはとても難しいことです。日本語で考えても、日本文化の知識なしに日本語を習得するのは難しい、ということは容易に想像がつきます。しかし、英語はその域を脱したのです。そのような点でも英語はある種「特別な言語」である、といえます。

新しい英語を作る

文法や発音などを簡略化したり、語彙をより使いやすく発展させたりする作業は、言語を使っていると自然に行われるようになります。英語は様々な文化、社会状況、言語背景などの中で使われているので、当然そのような様々な変化がもたらされます。

 

 

先日、私もいつの間にか使いやすい英語を創作してしゃべっていました。その単語は…、wetty。霧雨の中を歩いて駅に着き、電車に乗ったらコートがなんとなくしっとり湿っぽいのです。濡れている、というほどではなくしっとり。それはwetというほどでもなく、wetっぽい感じです。そこで思わず「Oh, it’s wettyだ~」と言いました。そんな英語はないですが、表現がドンピシャだったのでその場にいたアメリカ人の友人も一緒に大笑い。日本の気候ならではの英語だね、と今では彼もこの言葉を使います。*1

 

 

私たちは誰もが言葉遊びの中で新しい言葉をどんどん作っています。流行語などでも、そのまま定着するものも多々ありますよね。そのプロセスと同じです。従来のものとは異なるので、間違っている、といえばそれまでなのですが、ことばは生きていますから、本来どんどん変化していくものなのです。そうでなければ、いまでも私たちは江戸時代の人々と同じように話しているはずです。

 

 

平安時代に当時新しいことばとして使われ始めた「びびる」も、いまでは定着しています。もともと戦いの中で鎧がぶつかり合うビンビンという音から、「びびる音」、「ビビる音に驚く、恐れる」⇒「ビビって逃げる」と変化したと言われています。他にも「ピヨピヨ鳴くにわとりの子⇒ひよこ」、「ざわざわしている様子⇒ざわめく」など擬音などから発生した、「便利な言葉」は常に作られてきました。ことばが作られた当時は「間違った日本語」だったかもしれませんが、時間が経つにつれ受け入れられてきたのです。ひよこがOKなら当然ワンコ(犬)もニャンコ(猫)も、愛犬家や愛猫家だけが使う特殊語ではなく、普通の日本語となっていく可能性があるわけです。

 

 

文法で言えば「食べられる、見られる」が「食べれる、見れる」と変化した「ら抜き言葉」がありますね。まだ受け入れられない人も多いですが、確実に受け入れる傾向にあります。日本語学習者が作る「楽しい日本語」もあります。ある日、「今日は先生方の集まりで、中華料理を食べに行きます」と伝えると、「そうですか! 先生、おいしんできてくださいね」と言われました。「楽しんできてくださいね」の応用と言えるでしょう。考えてみたら、そりゃそうなりますよね。「楽しい⇒楽しむ」、「悲しい⇒悲しむ」、ならば「嬉しい⇒嬉しむ?」、「おいしい⇒おいしむ?」も考えられなくはありません。

 

 

このような例をあげると、私たちは「日本人が作る新しい日本語は新語、流行語」「外国人が作る日本語は間違い」ととらえがちです。日本語は残念ながら英語のような国際言語ではないので、それは仕方がないのですが、もう少し大らかに受け止めたい、という気がします。

 

 

英語については、多くの人が「ネイティブが作る新しい英語は新語、流行語」「ネイティブ以外が作る英語は彼らの英語」ととらえているようです。もちろん、英語圏の人々の中には彼らの英語が唯一正しいものであって、他の英語は邪道、と考える人もいます。しかし、それも慣れなのではないでしょうか。そういう彼らだって、英語以外の外来語を知らずに英語としてかなりの数使っています。そう考えるとwettyもそう遠くない将来、日本人が使う英語としては、受け入れられる日が来るかもしれません。

 

 

*1ちょうどこのあとシンガポールに住む友人と話していたら、「wetty?みんなふつうの英語として使っているよ!」とのことでした。さすが湿気の高い地域。すでに存在していたようで、私が作ったわけではなかった…。残念!

(掲載:2017年7月4日)

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大島希巳江 著
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978-4-385-36156-7
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プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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