大島希巳江
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員
2017年06月14日
グローバル化とローカル化のバランスをうまくとってグローカル化するには、まずなんといってもローカルに関する知識が不可欠です。つまり日本について語れる能力が国際人であることの絶対的な条件です。
海外に住んでいる日本人のほうがよほど日本に詳しい、と感じることはありませんか?それは海外在住の日本人は、周りの人にしょっちゅう日本について尋ねられるからです。また、その答えは「知らない」では済まされないことも知っているからです。
日本人でなくても海外に住む人たちは、まずその国の文化に合わせたり、グローバル・スタンダードに合わせたりしながら、試行錯誤して自文化を再発見し、結局はそれらのちょうど真ん中、もしくは上手に「いいとこどり」をして生活しているように見受けられます。これが、グローバル化⇒ローカル化⇒グローカル化のプロセスです。
ことばの背景にある文化性
Chopsticksという英語があります。「お箸」のことです。すでに定着して使われている英語なので,何も考えなければそのまま受け入れてしま いますが、なぜこのような英語になったのでしょうか。箸はchopする(ちょん切る)道具でしょうか。どちらかというとpick やholdのほうが箸の機能としては合っているような気がします。
まあ、英語としてもう定着してしまっているのでいいのですが、いちいち疑問を持つことは大切です。自分の文化を英語にするのであれば、自由に作ってもいいのではないかと思います。それで相手がわからなければ、説明してあげればいいのです。現実にそのような状況は常にあります。一般に世界では定着していない日本の文化や習慣について話をする場合は、すでに英語として使われている便利な言葉がないので、自分で言葉を駆使して説明しなければなりません。
例えば、「のどぼとけ」は英語では “Adam’s apple”と言います。面白いなあと思います。アダムとイブの神話から,リンゴを飲み込んだアダムの喉にリンゴが引っかかってしまったので、男性だけにあるというわけです。日本語ではどう考えてもこのようなネーミングにはなりません。「のどぼとけ」であればしっくりきます。
しかし、「のどぼとけ」を英語に翻訳すると“Adam’s apple”,というのが正しいのでしょうか。日常の会話ではいちいち説明するのも面倒ではありますが、日本人男性の喉にあるのは、やはりAdam’s appleではなく、「のどぼとけ」なのでしょうから、my little throat Buddhaなのかもしれません。もちろん、そのような英語は存在しませんから、私たちが勝手に作るのです。それがどういう意味なのか、説明する必要がありますが、逆に、説明さえすればいいのです。
自分が使う英語は自分で考える!?
ここ10年くらいでは、“It’s a piece of cake.”ではなく、“I can do it before breakfast.”という言い方をする日本人ビジネスマンが多いという話を聞きます。これは、もちろん「朝飯前」の直訳です。“It’s a piece of cake.”は多くの日本人が受験の際に習う表現ですが、文化的要素の強い英語です。ケーキ文化というよりはまんじゅう文化の私たちが使うには、あまりしっくりこないかもしれません。
相手を理解するという意味で、表現として知っていることは大事だと思いますが、自分で使いたい英語かどうかは、自分で考えて決めて構わないのです。英語のネイティブ・スピーカーにとっても、“It’s a piece of cake!”と言う日本人に対して、「よく英語の勉強をしていますね、がんばっていますね」という印象を与えても、「面白い、この人ともっと話したい」とは思わないかもしれません。
“I can do it before breakfast!”と言う日本人には興味がわきます。「なになに、それってどういう意味? 日本のことわざ?」といった疑問がわき、そこからコミュニ ケーションが発生します。大事なのは、その意味をきちんと説明できる英語力があるということです。それがグローバルな英語力といえるのではないでしょう か。
一方で、Plain English(プレーン・イングリッシュ)というコンセプトがあります。“It’s a piece of cake.”でもなく、“I can do it before breakfast.”でもなく、誰もが使える最もシンプルで文化要素の少ないプレーンな英語、つまりこの場合でいうと“It’s easy.”のような英語のことです。
プレーン・イングリッシュは、誰にでもわかりやすく、基本としてすべての文化圏の英語話者が理解できる英語です。 ちょうどプレーンのヨーグルトのようなものです。そして、世界各地のそれぞれの文化が加味された英語は、アメリカ味、フィリピン味、デンマーク味などの英語と考えることができます。各地の味があって、それがいいというわけです。
プレーン・イングリッシュは基本として押さえておく必要がありますが、あとはさまざまな種類の英語があり、それらの違いを楽しむという姿勢が良いようです。
日本味の英語はまだ確立されているとは言えず、まだまだこれからだと思っています。“I can do it before breakfast.”のような日本特有の英語がどんどん登場すると楽しいですね。増えれば増えるほど日本味の英語が世界に浸透し、説明しなくても「あ、それって日本味の英語だよね」とわかってくれる日が来るかもしれません。
アジアの概念が定着した例は、名前の英語表現の変化に見られます。苗字がlast nameで名前がfirst nameという欧米の表現にこれまですっかり慣らされてきましたが、現在のよりグローバルな英語では、苗字をfamily nameとし、前をgiven nameとするケースが増えてきています。
中国や日本をはじめ、アジアの人々の名前は苗字が先で名前が後なので、last nameとfirst nameという言い方がしっくりこないのです。むしろ、逆なので混乱が生じることが多かったといいます。家族の名前、つまり苗字をfamily nameとし、親からもらった下の名前をgiven nameとすることで、欧米の人々もアジアの人々も共通して理解できる、ユニバーサルな表現、つまり真のグローバルな英語だと言えます。
(掲載:2017年6月14日)
大島希巳江
おおしま・きみえ
神奈川大学外国語学部国際文化交流学科教授,「NEW CROWN」編集委員
教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。
1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。
著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。
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