三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.18 笑いとユーモアの根底にあるもの③:
「世界一面白いジョーク」=「世界一みんなに理解されやすいジョーク」

大島希巳江
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員

2022年11月30日

世界一面白いジョークが日本ではウケない理由

 少し前のことになりますが、2002年にイギリスにあるハートフォードシャー大学の心理学者であるリチャード・ワイズマン博士が「世界一面白いジョーク」という調査を行いました。ワイズマン博士は日本でもメディアに登場することがあり、よく知られた研究者です。社会文化研究の一環として行われた「世界一面白いジョーク」の研究調査は、英国科学振興協会の協力のもとで行われ、1年間で世界70か国から4万ものジョークが投稿され、200万件の評価が集まりました。この調査の結果、世界一面白いジョークの第1位に決定したのは、マンチェスター在住の31歳の男性が投稿したジョークです。

 

 

 

Two hunters are out in the woods when one of them collapses. He doesn’t seem to be breathing and his eyes are glazed. The other guy whips out his phone and calls the emergency services. He gasps, “My friend is dead! What can I do?”. The operator says “Calm down. I can help. First, let’s make sure he’s dead.” There is a silence, then a shot is heard. Back on the phone, the guy says “OK, now what?”

 

2人の狩人が森を歩いていた。すると突然一人が倒れ、白目をむいてしまった。息もしていない様子。もう一人は携帯電話を取り出し、すぐに救急病院に電話をした。「友人が死んでしまった!どうしよう?」オペレーターは「落ち着いてください。まず、あなたのお友達が死んでいるかどうか確かめてください」しばらくの沈黙の後、銃声が鳴り響いた。男は電話口に戻ってくると、「オーケー、で、次はどうする?」

*Let’s make sure he is dead. は2つの解釈が可能で、1つは「彼が死んでいるかどうか確認しましょう」もう1つは「彼が死んでいるということを確実にしましょう」という意味になります。

 

 いかがでしょうか。このジョークは、国内の講演会や大学の講義などで幾度となく「世界一面白いジョーク」として紹介したことがありますが、なかなか大爆笑にはなりません。英語のジョークなので、すぐにピンとこないということも理由の一つかもしれません。しかし、何よりもこの種の「出来合いジョーク(ready-made jokes)」は日本人の間ではあまり喜ばれない傾向がある、ということだと思います。どこの誰の話だかわからないジョークは共感しにくく、すぐには笑えない場合が多いのです。「出来合いジョーク」を聞いた多くの日本人の反応としては、「あー、なるほどね」「あ、そういう話ね」程度です。もしくは、「へえ、どこでそんなネタ拾ってきたの?」「ネタじゃん。誰に聞いたの?」というやや冷めた感覚を持つことさえもあるようです。話にリアリティがなく、嘘っぽい話を日本人は好まないのです。その理由は、日本人同士の間で笑い話をする意味と目的に大きくかかわっています。

日本における「仲がよいからこそ」のジョーク

 日本人同士の間で笑い話が交わされるのは、仲のよいもの同士であることがほとんどです。初対面で相手の緊張をほぐすために軽口をたたく、ということもあり得ますが、特別な条件がそろった場合(例えば、立場が上の人や年上の人から発信する場合など)のみだと思われます。多くは、「お互い仲がよいということを確認し合うため」、「相手をよりよく知るため(自分をよりよく知ってもらうため)」、「同じ体験を共有することによって絆を深めるため」、に笑い話や冗談を言い合います。「冗談を言い合えるほど仲がよい」という言い方があるように、たとえ上司と部下の間柄で冗談を言い合っていても、それは「面白い人たちだから」というよりは「仲がよいからできる」と認識されることでしょう。笑い話をしたり冗談を交わしたりするのはその場の人間関係を深める目的であるため、自身の失敗談やエピソード、友人や家族との話、などが意味を持ちます。「あるところに酔っ払いがいてね…」のように始まる「出来合いジョーク」は、その場にいる誰にも関係がなく、そのジョークを聞くことでお互いの何かが理解できるわけでもなく、とても唐突で意味のないもののように感じるのです。

 

 そのような理由から、日本人が面白いと感じる話は、その場にいる人同士や、地域、会社、学校などの共通項がある人同士でなければわからないような「内輪ウケ」の話が多いのです。初対面の人に共有できる話ではありません。日本では初対面で冗談を言い合って一気に距離を縮めようとする傾向は少なく、時間をかけて人間関係を築き、やがて仲よくなってから冗談を言い合うようになります。

多文化・他民族環境における「仲良くなるため」のジョーク

 多文化、多民族環境の人々は逆に、仲よくなるためにジョークを使い、一緒に笑って距離を縮めようとします。もともと文化も民族も異なる人同士ですから、すぐに共通項を見つけることは簡単ではありません。ともすれば、悪気のないちょっとした一言や態度が相手の文化圏では失礼にあたることもあります。多文化、多民族環境では、そのような誤解を招く危険性が常にあります。だからこそ、初対面の段階で当たり障りのないジョークを言い合い、お互いに笑いを共有することによって「私はあなたに対して敵意はない」ということを示そうとするのです。一緒に笑うことによって好意が生まれやすくなりますし、敵意のなさを示すことで、その後ちょっとした異文化ギャップで居心地の悪い思いをしたとしても、わざとではないだろう、ただの誤解だ、と思って乗り越えやすくなるのです。

 

 お互いをよく知らないうちにお互いが笑えそうなジョークを言おうとするのですから、当然「内輪ウケ」とは逆の「普遍的なジョーク」を使うことになります。自分の体験談を話すこともありますが、文化背景などにかかわらず誰にでもわかるジョークが通じやすいということになります。先ほどの「世界一面白いジョーク」も、言い換えれば「世界一みんなに理解されやすいジョーク」ということです。世界70か国の人々が理解できて面白いと感じたのですから、本当に面白いというよりは万人ウケするわかりやすいジョークである、ということなのです。万人ウケするジョークは、みんながなんとなく面白いと思う一方、爆発的な面白さを持っていることは少ないです。やはり、息ができないほど笑ってしまうような面白い話というのは、「昨日私の母親がね…」や「今朝電車ですごい変なことが起きてさ…」のように始まる、「内輪ウケ」のジョークなのです。

 

 ただ、このような話は、日本ではかなり一般的だと思いますが、異文化環境では必ずしも安全なネタではありません。母親という存在に対する価値観や、母親がどういう傾向のある人たちなのかは文化や民族によって異なります。母親がいかに口うるさいか、なんて話は、日本では笑い話にできますが、母親に対してリスペクトしないなんて信じられない、という文化圏の人にとっては、笑えない話です。電車で起きた変なことさえも、異文化、異民族の相手がそれを変なことと思うかどうかわからないのです。

 

 そうなってくると、普遍的な万人ウケする「出来合いジョーク」が飛び交うのもなんとなく理解できますよね。ただし、多文化、多民族社会においても「内輪ウケ」は当然存在します。家族、親友グループ、同じ教会などの小さな内輪のグループはあるわけですから、その中では爆発的に笑える「内輪ウケ」のジョークが飛び交っているわけです。しかし、それらがソトの人間に聞こえてくる可能性はとても低いということです。もし聞こえてきても理解できませんので、覚えていられないでしょう。

やっぱり、ユーモアは思いやり

 「よく出回っている英語のジョークはなんとなく浅くてそれほど面白いとは思わないけど、なぜみんなあんなに笑うのかな?」と思っている人も多いでしょう。結局のところ、爆発的に面白いかどうか、はそれほど重要ではないのです。「ジョークを言った」、「相手をちょっと笑わせて雰囲気を和らげようとした」、その行為(と好意)そのものに意味があるのです。ユーモアは思いやりです。聞いているほうもそれをわかっていて、ジョークを言ってくれたことに対して感謝の意を込めて笑って見せている、と言えます。笑顔を見せあうきっかけを作ることが、コミュニケーションの上で重要なのです。

<参考文献>

・Richard Wiseman “LaughLab”(2022年11月30日)

 https://richardwiseman.wordpress.com/research/laughlab/

 

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大島希巳江 著
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978-4-385-36156-7
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プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科,「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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