松重 豊 俳優
2025年08月06日
国語の先生であればシェークスピアやチェーホフはもちろんご存じのはずだし、「ハムレット」や「桜の園」のおおまかなすじだって諳んじていらっしゃる方も多いはず。なかにはかつて劇で演じたことのある強者がいてもおかしくない。これらは古典文学の中でも戯曲と呼ばれるカテゴリーにあって、いわゆる散文で書かれた作品群とは異なる。
一幕一場と書かれた冒頭に、短く「山」だとか「城」だとか場所の説明があって、これらシーンの積み重ねによって最後まで構成されているのが戯曲の流れ。また各場ごとに、どのような状況にあるのか示したト書きが書かれている。そのあと数行あけていよいよ登場人物の固有名詞が登場。カギカッコ以下にいよいよ台詞と呼ばれる戯曲の肝、生きた人間の口から出た言葉が書かれている。
ところがだ、この戯曲文学というやつは読み物としてはかなり厄介である。そもそもカタカナの名前が判別しづらいことに加え、王様の身なりなどのビジュアルを想像力で補いながら読み進めるのは非常に難易度が高い。おまけに翻訳が古いものであれば、人の喋り言葉としても成立しておらず、ますます物語が頭に入ってこない。これで古典を毛嫌いされては沙翁もたまったもんじゃない。
僕らの仕事はこのカギカッコの中が全てだ。場所や状況についてのト書き部分は劇場であれば舞台美術、映画であれば撮影部と美術部の技で観客にお伝えいただく。さてここからが僕らの仕事。カギカッコの中に書かれた文字列を舞台上やカメラ前で、自分の口もとから再生させるのが使命。さも16世紀から蘇った貴族のように、はたまた宇宙人、あるいは喋る猫のように。
ときにはカギカッコの中に言葉があるとも限らない。例えば、「・・・・」という台詞だってある。言葉にならない思いを抱えてどういう気持ちなんだろう。もちろん文脈から感じ取ったその人物ならではの無言の間ということもありえるし、呆れて言葉にならない絶句かもしれない。
僕がここでお話ししたいのは、どんな本でもかまわないのでカギカッコの部分をあなたの口で音にして遊んでほしいということ。作者だって、ここは登場人物として生身の言葉が聞こえてきたはずなんだ。下手でもなんでもかまわないので音にすることで言葉は立体的になり、二次元の世界から現実に飛び込んでくる。そうすると、読んでるときには気づかなかった主人公の感情までくみ取ることができるかもしれない。でも図書館ではやらないでね。
(『ことばの学び』No.20 2024年9月発行より転載)
松重 豊 まつしげ・ゆたか 俳優
1963年生まれ。福岡県出身。蜷川スタジオでの活躍を経て、映画、舞台、テレビドラマなどで幅広い役を演じる。ナレーターやラジオのパーソナリティーなどの実績も多数。2025 年 1 月 10 日公開予定の劇映画「孤独のグルメ」では、監督、脚本、主演を務める。
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