田川 学 放送大学滋賀学習センター
2023年12月21日
教員は子どもの聞く力の指導を意識せざるを得ない。なぜなら、子どもが話を聞かないからである。
「では、教科書の〇ページを開いてください。そこ! 聞いてますか? いいですか? 〇ページですよ。」「せんせー、何ページ?」「もう一回、言って」というやり取りが、何度も繰り返される。敢えて聞こうとしない態度なら、生徒指導上、それなりの対応がある。しかし、ごく普通の場面でごく普通の子どもが人の話を聞いていない、聞けていない。厳しく指導すれば、子どもはたちまち聞いているふりに転じる。静かにしていることと話を聞いているかどうかは全く別問題だ。
以前、小学校4年生から高校2年生までの8学年の児童生徒に「あなたが人の話を聞くときに注意していることはどんなことですか?」という調査をしたことがある。ほとんどの回答が「話している人におへそを向けて聞く」「しっかり集中して聞く」。これだけの年齢の幅があるにもかかわらず、である。愕然としながらも、この結果は自分たちが行ってきた「聞くこと」の指導の裏返しに過ぎないことを痛感した。この切実な実態を改善すべく「能動的に聞く力」「状況に応じて話す力」の育成に取り組んだ。
奇しくも平成元年の学習指導要領国語編では「音声言語」という文言が登場し、「日常生活の中に話題を求め、意図的、計画的に指導する機会が得られるようにすること」と「話すこと・聞くこと」の指導は大きく取り上げられ重視されることとなった。しかしながら、実践事例はそれほど多くはなかった。試行錯誤の末、子どもたちから集めた日常会話を教材化した。最も多く集まったのが母と子の会話。例えば、平日の朝の食卓で。
母「マナブ、ご飯はよく噛んでゆっくり食べるのよ。」
マナブ「は~い。もぐもぐ」
母「いつまでゆっくり食べてるの!さっさと食べないと遅刻するでしょ!」
マナブ「ええっ?!」
授業ではこの寸劇を子どもに即興で演じさせて、聞いていた子どもから「〇〇さん、ちょっと××がおかしいんじゃありませんか?」と指摘させる。前半と後半で言っていることが違う「論理の矛盾」を指摘させて、能動的に聞き、状況に応じて話す力を育成を狙った。
最近の社会全体は苛ついているように感じる。理路整然とした論理で相手を論破する風潮、正論を振りかざして他者を非難する空気が教育現場にも少なからず影響している。コロナ禍の非対面で失われた人間関係やコミュニケーション力は以前のようには戻っていない。今、私たちが子どもに育てるべき話す力、聞く力とは、聞き手が話し手の意図を汲み取ったうえで、相手を理解しようとしていることを伝えるために話す力だと考える。
そのための動画コンテンツについて検討を進めている。認知バイアスによる思い込みや論理のずれがある会話を修正し「伝え合う力」を育てることが目標である。
そこで、先ほどの「朝の食卓で」を一工夫。論理の矛盾を指摘させた後、「あなたはこの会話の後にどのような言葉を付け加えると良いと考えますか」という問いを加えた。「わが子におなか一杯食べさせて十分に栄養を摂らせたい」けれど「遅刻もさせたくない」という母親の思い=話し手の意図=深い愛情、を聞き取らせたうえで話すことが狙いだ。
「そうだね、朝ごはんがゆっくり食べられるように、明日からもう少し早く起きるよ。」慌ただしい登校前の一時、こんな会話が聞こえてくる朝の食卓にしたいものである。
田川 学 たがわ・まなぶ 放送大学滋賀学習センター
1983年から大津市立中学校、滋賀県総合教育センターに勤務。大津市立日吉中学校長を経て2020年より放送大学滋賀学習センター企画主幹。
現職時より生徒指導の機能を生かした国語科授業のあり方を研究している。
専門は「話すこと・聞くことの指導と教材開発」。子育て支援NPOや教員を志望する大学生の指導にも携わっている。
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