飯間 浩明 国語辞典編纂者
2023年12月19日
さるビジネス雑誌が文章の書き方を特集していました。「『頭がいい』と思わせる、バカにされない文章術」といった趣旨の見出しが表紙に躍っています。中身には、「読者に『頭がいい』と感心させるには?」「『いい人』と思われないと読者を失う」など、記事を読む人を脅すような文言が並んでいました。
文章とは、こんなふうに脅されて書けるものでしょうか。しかも、脅している内容もなんだか変です。文章は自分を賢く見せたり、読者に好かれたりするために書くものではありません。こういうあおり方は、書き手をかえって萎縮させるものです。
文章を書く目的は「伝えたいことを、相手に納得してもらえるように伝えること」に尽きます。内容を整理し、順序立てて分かりやすく述べる力が文章力です。伝える訓練をおろそかにして、「頭がいいと思わせろ」「自分をいい人に見せろ」と脅すのは、指導者のすることではありません。
ところで、子どもの世界に目を転じると、「作文が書けない」と悩む子は多くいます。当人の話を聞くと、「先生によく見られたい」「友だちに読まれて恥ずかしいことは書けない」と言います。まるで、さっきの文章術の記事を読んだかのように、内容を伝えること以外の部分で悩んでいます。
ある中学生に読書感想文の書き方を尋ねられたことがあります。課題図書を、あまり興味も湧かないままに読んだところ、やはりよく理解できなかった、でも、いくつか新しく知ったこともあった、ということでした。私は、そのことを率直に書いてはどうかとアドバイスしました。
書き上がった文章は、本人が思ったままの感想が書かれていて、なかなか読ませるものでした。学校の先生もきっと高く評価するに違いないと、私は期待しました。
ところが、実際には、その感想文の評価は高くなかったそうです。「興味が湧かなかった」などとは書くべきでない、というのが先生の意見だったといいます。
伝えたいことを率直に書いては、いい点はもらえない、結局は先生によく見られることが大事―そんな教訓を子どもが得てしまったとしたら、とても残念です。「こう書かなければ評価されない」とおびえながら書くのでなく、書きたいことをのびのび書いてもいい。子どもにそんな安心感を与えることこそが、指導者の役割でしょう。
(『ことばの学び』No.17 2023年4月発行より転載)
飯間 浩明 いいま・ひろあき 国語辞典編纂者
1967年香川県高松市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、同大学院博士課程単位取得。『三省堂国語辞典』編集委員。主な著書に『辞書を編む』(光文社新書)、『日本語はこわくない』(PHP研究所)、『三省堂国語辞典のひみつ』(三省堂)などがある。
先生向け会員サイト「三省堂プラス」の
リニューアルのお知らせと会員再登録のお願い
平素より「三省堂 教科書・教材サイト」をご利用いただき、誠にありがとうございます。
サービス向上のため、2018年10月24日にサイトリニューアルいたしました。
教科書サポートのほか、各種機関誌(教育情報)の最新号から過去の号のものを掲載いたしました。
ぜひご利用ください。