石原 良純 俳優・気象予報士
2023年12月19日
一度だけ、父親に褒められたことがある。
それは、僕が初めてスポーツ新聞の小さなコラム記事の連載が決まったときのことだ。それまで映画だろうが、テレビだろうが、舞台だろうが僕の仕事のことなど気に掛けていなかった父親から、連載記事のことをあれこれ尋ねられた。
父親の職業は作家だった。作家の息子が変チクリンな文章を書いては、自身の沽券に関わると思ったのだろう。新聞社に原稿を渡す前に、原稿を見せるよう言われた。僕も初連載に不安があったので、書き終えていた数本のコラムを父親に見てもらうことにした。
父親の出版社から送られて来たゲラ刷りを見たことがある。そこに父親は赤ペンで文字や斜線をあちらこちらに書き加えていた。自分の文章でさえあれだけ直すのだから、僕の原稿は真っ赤になるに違いないと覚悟した。
それから数日経ったある日の朝、洗面所で顔を洗っていると父親に声を掛けられた。
「読んだぞ。お前らしい文章だな」
そして僕の手に戻って来た原稿には、誤植がただ一か所、校正されているだけだった。
“僕らしい”と言われてみて、改めて自分の文章を読み返してみた。文章の繋げ方であったり、言葉の重ね方だったり。なるほど僕はこういうものの言い方をするな、と初めて自分が発する言葉に気がついた。
今度は“親父らしい”ということを意識して、父親の本を読んでみた。すると親父の文章の中に、いくつもの親父らしさが透けて見えた。
もちろん、“お前らしい”の後にはおもしろみがないだの、色気がないだの散々な批評は付いてきた。でも、“らしさ”が文章の中に見えたならば、合格点をもらったと僕は解釈している。
自分の言葉を文章に書いてみる。それを活字にして他人の目で眺めてみる。すると自分の脳の中の一端が見えてくる。
もし文章を書くのが面倒ならば、自分と友人との会話をスマホで録画してみるのもおもしろいかもしれない。自分はこんな言葉を使うのだ。こんな話し方をするのだ。こんな話に興味があるのだ。そこにも、自分では気がついてない自分がいるはずだ。
自分の言葉を通して、自分の知らない自分を発見してみてはどうだろう。
(『ことばの学び』No.16 2022年9月発行より転載)
石原 良純 いしはら・よしずみ 俳優・気象予報士
1962年神奈川県逗子生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。舞台、映画、テレビドラマなどに多数出演。湘南の空と海を見て育ったことから気象に興味をもち、1997年、気象予報士に。日本の四季、気象だけでなく、地球の自然環境問題にも力を入れている。
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