工藤洋路,津久井貴之
玉川大学,お茶の水女子大学附属高等学校
2018年12月03日
工藤
秋が過ぎ,冬本番を迎えようとしています。ホットカフェラテがおいしい季節になってきましたね。今回は,語彙をトピックにしようと思います。
津久井
これも新学習指導要領のキーワードの一つだね。
工藤
色々な先生方とお会いしたときに「次の指導要領では,指導する語彙の数がこれまでの1200語から1600~1800語にボリュームアップするけど,今でさえ大変なのに,どう指導をすればよいのか…」という相談をされることがあるよね。
津久井
個人的には,教え方の問題では,という気がしないでもないけど。
工藤
それを言ってしまったらそれまでなのだけど(笑)。
1600~1800語もの単語にすべて一律のパワーをかけないっていう意識は大事な気がするね。新指導要領の解説でも「生徒の発達段階に応じて,聞いたり読んだりすることを通して意味を理解できるようにすべき語彙(受容語彙)と,話したり書いたりして表現できるように指導すべき語彙(発信語彙)とがあり,ここで示されている「1600~1800語程度」の全てを生徒が発信できるようにすることが求められているわけではないことにも留意する必要がある」と,書いてありますね。
津久井
うーん,軽重をつけるのはその通りなのだけど,発信語彙と受容語彙っていうのも,なかなか定義がしづらいよね。
工藤
自分もそう思う。
「発信語彙は意味を知っていて使える語」「受容語彙は意味を知っていても発信はできない語」というのが原則だけど,教師側は,単語を基準に考えて,「この語は,話せる・書けるまでいってほしい」っていう希望をもって発信語彙に位置づけるよね。
でも,生徒の視点から見たら,その単語が「すでに発信語彙になっているのか」「まだ受容語彙なのか」「そもそも受容語彙ですらないのか」は,一人一人で違うし,同じ生徒でも時々で違ってくる。だから,1つの単語を取り出して,いつでもどこにでもあてはまる「発信語彙/受容語彙」のラベリング,一律の定義づけをして語れない部分はあるよね。それが,発信語彙と受容語彙,ひいては語彙指導の軽重のつけ方の議論をしづらくさせている一因になっていると思うんだけど。
津久井
生徒の興味にもよる部分も大きいしね。
以前自分の生徒に,宇宙にすごく興味がある生徒がいて,こっちは宇宙の単語なんてそんなに多くは知らないから,受容語彙ですらないようなものが多いのに,生徒は発表内容が比較的自由なときは,宇宙の話に関連づけたりすることが多いから,すごくマニアックに見える語彙もその生徒にとっては発信語彙になっているということもあったし。
未習語と既習語
工藤
さて,軽重をつける話から,つい発信語彙と受容語彙の話によってしまいましたが,初めの「中学校で指導すべき語彙はかなり増えるけど,授業時間は増えない。どうすればいいんだろう」という先生方の質問に戻りましょう。
津久井
うーん,精神論に終始するのもよくないのだけど,自分は,これは少しマインドの問題かと思っていて。中学校は義務教育だからしかたないところもあるんだけど,「習ったものしか読まない・読めない,習ったものしかテストに出ない」っていう状況を変えない限りは,語彙の問題は解決しないと思う。
工藤
なるほどね。
津久井
「教科書に出ているものさえ完全に覚えれば,テストでわからない単語には絶対出会わない」という前提に立っているから,「教科書にある単語全部をちゃんと学習しなくちゃいけない」っていう,すべての語彙にパワーを注ぐ考え方になっていくわけで。その前提がなければ,「すべての語彙をすべてしっかり」ではなく,「わからない語も含むテキストを与えられることを前提として,どう語彙を教えていくか」という考え方にシフトしていくんだと思うけど。
公立の高校入試も絶対に未習語はないように作成していると思うんだけど,だから言い回しも限られてきちゃうし,「この語がくれば,前置詞はこれ」じゃないけど,こんなふうにテクニックで解けるようにもなってしまっている。これも,「既習語しばり」の弊害のような気がしていて…。
工藤
やっぱりテストや入試の話になっていくよね。語彙の話をすると…。
津久井
高校に入ると,このしばりはあっさり解けちゃうんだけどね。
でも,そう考えてみると,中学3年生と高校1年生の1年間で劇的に何かが変わっているわけでもないし,中学生だって資格・検定試験を受けるのであれば,そのときには必ず未習語に出会っているわけだから。教科書に掲載されている単語を授業ですべて全力でカバーしなければいけないと考える必要はないと思うんだけどね。
工藤
まあねえ,中学生だって,ふだん休み時間にはおちゃらけて過ごしているのに,英語読むときだけ「1語わからないものがあったから動けない」っていうのはおかしいよね(笑)。
津久井
そうなんだよ。
工藤
この「既習語しばり」の根本にあるのって,突き詰めていくと,「授業で一語一語,一文一文を訳していく」っていう授業スタイルも起因している気がしてきた。「詳細はひとまず置いておいて,どんなこと言っているの」っていう声かけをすれば,わからない語がいくつかあってもそんなに大きな問題にもならないんじゃないかな。
津久井
鶏が先か卵が先かっていう話かもしれないけど,入試が変わらないから先生方の意識が変わらないっていうのもあるよね。
でも,高校入試は全国一斉に「せ~の!」って変わらないから,数年後には指導する語彙数が増えることが確実ないま,現実的に変えることができるのは,先生方のマインドだけだと思う。逆にあっさりと方向転換する都道府県があったときに,一気に先生方のマインド・指導法の変化が求められることになる…。
工藤
中学校指導要領に記載された語彙数が1600~1800語になって,そこに,受容と発信の考え方が記載されたのは,「すべて全力でやらなくていいよ」っていうメッセージだよね。
そう思って,中学の先生方の固定概念を少し取り払うことができるといいよね。
※この連載は,お二人のざっくばらんなおしゃべりを企画化したものであり,工藤先生・津久井先生の公式発表ではありません。 |
工藤洋路
くどう・ようじ
玉川大学,「NEW CROWN」編集委員
・1976年生まれ
・東京外国語大学外国語学部・同大学院博士課程前期・同大学院博士課程後期修了(学術博士)
・日本女子大学附属高等学校教諭等を経て,現在玉川大学文学部英語教育学科准教授
・高校教諭時代に担当した部活動は,陸上部
・カフェでよく注文するのは,カプチーノやフルーツジュース
津久井貴之
つくい・たかゆき
お茶の水女子大学附属高等学校
1974年生まれ
・群馬大学教育学部・同大学院修了
・群馬県内の公立中高一貫校教諭等を経て,現在国立お茶の水女子大学附属高等学校教諭
・指導のモットーは,固定観念にとらわれずにチャレンジしていく
・カフェでよく注文するのは,ニューヨークチーズケーキとコーヒー
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