大久保 北斗 (千葉英和高等学校)
2025年02月14日
報告者は、定期試験直後や長期休暇前の期間など、学習に向けられる意識が比較的散漫になりやすい時期に、国語(日本語)に対する関心を高めることをねらいとして、教科書や普段の授業では扱われにくい内容を取り上げることにしている。その性質上、多くの授業時間を割いて行なうものではなく単発の授業となるが、知的好奇心を高め、国語に対する今後の学習への足がかりにもなるものと考え、ここに報告したい。
2. 授業について
本実践は、「言語文化」(※1)において1単位時間(あるいは2単位時間)で行なうことを前提に構想した。下の通り、導入、展開①、展開②、まとめの4つからなるが、時数によって多少のアレンジを施すことが想定される。
〈 〉には活動の概略、【 】には1単位時間(50分)で実施する場合の配当時間を示す。
なお、報告者はスライドとプリントを使用して授業を進めた。一応、使用したスライドの要所も示す。
2.1. 導入〈ことばクイズ〉【5分】
以下の問題(※2)について考えさせ、その答えと思われる方に挙手をさせる。普段は国語に対して苦手意識を持っている学習者にも、「二択の問題なのでわからなくても気軽に参加するように」と促す。
※1 報告者は第1学年の7月に「言語文化」の授業において実施したが、科目や時期には関わらず扱うことのできる内容であると考える。
※2 これらの問題は、文化庁による「国語に関する世論調査」(平成24年度〜27年度)の設問から使用した。本調査の結果は毎年、文化庁より公開される。
これらの問いの本来の使い方は以下の通りである。
A-1(H24)…ア A-2(H24)…イ A-3(H25)…イ
B-4(H26)…ア B-5(H27)…ア B-6(H24)…イ
なお、答え合わせをするときには、本実践の趣旨と照らし合わせ、「正解は、」あるいは 「間違っているのは、」のような言い方は避けたい。「国語に関する世論調査」では、いわゆる「正解」について、「本来の意味」や「本来の言い方」のように表現している。
2.2. 展開①〈「右」と「恋」の語釈を考える〉【20分】
導入を通じて、普段使っている言葉について知らないことが少なくないことを体感した。
そこで、学習者に「言葉遣いに迷ったり、言葉の意味や使い方がわからなかったりしたときにはどうしたらいいですか」と問う。ここではすぐに「辞書を引く」という学習者からの回答が想定されるが、それに対し、「では、簡単な言葉については辞書を引かなくていいですか」と重ねて質問する。
その上で「辞書には当然、簡単な言葉も載っている。あなたなら、①右と②恋について、どのように説明しますか」と発問し、各自の活動へと移行する。回答はノートやプリントに書かせるようにし、机間指導を通じてそれぞれの学習者が手元に書いた語釈を見取りつつ、時間の設定を行なう。
その後、適当な時間を経たのち、それぞれの回答を近くの学習者と共有させる。さらに、授業者の指名により、特徴的な回答があった学習者に発表させ、教室全体で共有する。先の机間指導において各学習者の書いた語釈を丁寧に見取ることで、思わぬ学習者からの、機知に富んだ回答を引き出すことにつながる。ここで多くの学習者により幅広い語釈が共有されると、次の展開への動機も強まる。
2.3. 展開②〈複数の国語辞典による語釈を確認・比較する〉【15分】
この展開は、ここに充てられる時間によって活動の内容をある程度工夫する必要がある。報告者は1単位時間で完結する授業を構想したため、あらかじめ複数の国語辞典を引き、それぞれの辞書における語釈の特徴的な箇所をスライドにまとめて一つずつ提示する形をとった。なお、この後のスライドで示すのはそれぞれの語釈の特徴的な部分の抜粋である。
❶ 右
❷ 恋
報告者は多種の国語辞典を引く機会に恵まれ、上のスライドを作成することができた。
しかし、そうでない場合は、例えば、学校図書館と連携したり、他の教員から借りたり、学習者に自宅にある国語辞典を持参させたりすることでこれに近い活動ができる。同じ国語辞典であっても版が異なれば、それぞれの語釈の異同を確かめることができるので、非常に有用である。
上記のような方法で数名に1冊の国語辞典が準備できれば、学習者を小集団に分け、それぞれに1冊の国語辞典を割り当てて語釈を記入(あるいは一つのドキュメントファイルに入力)させることで、上のスライドと同様の情報をまとめることができる。この場合は、1単位時間に限定せず、ゆとりを持った時間の設定が望ましいと思われる。逆に2単位時間で実施できる場合には、展開①・②で学習者の活動の状況に応じた時間を設定することで、より考えを深めることにつながる。
2.4. まとめ【5分】
上記の活動をもとにした授業のまとめは、いくつかの方法を検討することができる。ここでは下に3つ紹介する。必要に応じて以下の複数を組み合わせることもできる。
2.4.1. 「恋」の語釈の変遷に注目する場合
『新明解国語辞典』を例にとると、「恋」の語釈は上の通りである。この変遷をまとめると以下のようになる。
これらを学習者に伝え、下線で示したように語釈が変遷した理由を考えさせる。すると、学習者によっては、すぐに「性の多様性」というフレーズに思い当たる者もいる。そこで、授業者から、「社会における考え方や意識によって語の意味が少しずつ変化することがある」と伝える。実際、2000年代に入ると、性の多様性について社会の関心は急激に高まった。例えば、2001年にはTBSのドラマ「3年B組金八先生(第6シリーズ)」において性別違和のある生徒が作中に登場し話題になった。2008年のフジテレビのドラマ「ラスト・フレンズ」でも性の多様性が一つの大きなテーマであった。近年では、2016年にテレビ朝日によって「(おっさん同士の)恋愛ドラマ」(※3)である 「おっさんずラブ」が放送され、その後映画版も製作されるなど多くの注目を集めた。このような例を示すことで、「恋」が異性間にのみ存在するわけではないことに思いを至らせることができる。
日常で使っている言葉の意味が変わることを学習者が意識することはほとんどない。しかし、言葉をめぐる状況に応じて辞書の記述が変わっていくことを目の当たりにすることで、語の持つ意味が少しずつ変化していくことを体感することができる。
2.4.2. 古語辞典との比較をする場合
現代語と古語での「恋」の持つ意味の違いを確かめるために、古語辞典で「恋」を引き、学習者と共有する。
例えば、『全訳読解古語辞典 第五版』における「恋(こひ)」の語釈は「目の前にないもの・人・場所などを求め、慕う気持ち」である。
ほとんどの学習者は、「恋」は恋愛感情を指す言葉として使用していると思われるが、古語辞典の語釈から、授業を通じて触れる古文の世界ではどちらかというと、目の前にいない人を慕う切ない気持ちを表すことがわかる。たとえば『広辞苑 第七版』では「恋」について、「一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと」と説明しているが、この語釈は古語としての「恋」の解釈も考慮に入れているものと思われ、やはり古語と現代語は地続きにつながりながらも意味が変化し続けていることに気づかせることができる。
2.4.3. 「辞書=かがみ」論に触れる場合
『三省堂国語辞典』では、第3版以降の全ての版で、初代編集主幹の見坊豪紀による「第三版序文」が巻頭に載せられている。そこでは、「辞書は、ことばを写す“鏡”であります。同時に、辞書は、ことばを正す“鑑”であります」との説明が載せられている。この考え方を学習者に紹介することで、辞書が「言葉の使い方を規定するルールブックではない」という認識を持たせることにつながる。
学習者は辞書について、「言葉の意味を調べるもの」、「正しい言葉遣いを確かめるもの」と考えている。しかし、辞書自体には言葉の正誤を決める権利はなく、あくまで、辞書それぞれの考え方によって一般的だと思われる使い方を説明するものである。いわゆる「正しい言葉」を使ってコミュニケーションを図ることは、長く日本語を使って生活していく学習者にとって大いに有意義なことである。しかしその一方で、自由に言葉を紡ぎ、ある時には辞書には立項されない、いわゆる若者言葉などの表現も駆使しながら、自分らしく仲間との絆を深めることもまた大切なことである。もしその言葉が一般的に使われるようになり、長きにわたって市民権を保持し続けると思われれば、学習者が使っている言葉が後追いされる形で辞書に載せられるかもしれない。
学習者は生涯にわたって言葉とともに生活していく。今後自らが使用したり見聞きしたりする言葉について何らかの不安を感じた時に、傍らに置かれた辞書が強い味方でいてくれると知ることには大きな意義がある。
※3 テレビ朝日公式ホームページ(https://www.tv-asahi.co.jp/ossanslove/intro/)による。
3. 授業を通じて
はじめに述べたとおり、本実践は辞書を教材にして言葉に対する関心を高めることをねらいとしている。しかし、それと同時に本実践は、過度な規範意識を持つことの危うさも体感しうるものとしても有用であると考える。
例に挙げた「恋」は、辞書の語釈のうえで確かに「異性」を対象とするものとされていた時期がある。しかし、現在は多くの辞書において性別に言及しながら説明されることは少なくなっている。この解釈はどちらか一方だけが正しいものというわけではなく、言葉をめぐる状況の変化により、柔軟に使われるようになった。
他の語も同様に変化を続けていく。言葉についてのみならず、学校で学んだことがいつまでも正しさを保持し続けるとは限らない。現在目の前にいる学習者は生涯にわたってそのことを常に受け入れながら、しなやかに生きていくことが求められる。自分の考える正しさが移ろいゆくものであること、また正しさが複数存在しうることを繰り返し体感することは、規範性が求められることが多い学校教育が持つ重要な役割の一つである。
以上のように、言葉についての過度な規範意識から離れ、他者の言葉に対しても大らかに受け入れ協働しようとする姿勢は、社会生活を営むうえで非常に重要なものである。これは、学習指導要領に掲げる「生涯にわたる社会生活における他者との関わりの中で伝え合う力を高め,思考力や想像力を伸ばす」 (目標(2))という国語科の目標にも通ずるものと確信している。
大久保 北斗 おおくぼ・ほくと (千葉英和高等学校)
千葉英和高等学校教諭。関西大学文学部を卒業後、同大学院文学研究科にて現代日本語の文法について学びを深める。現在は勤務校にて実践を重ねながら、千葉大学大学院教育学研究科修士課程に在籍し 「自分との関わり」と「古典の言葉と現代の言葉のつながり」を念頭においた(古典)文法教育のあり方について研究している。
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