三省堂のWebコラム

大島希巳江の英語コラム

No.30 「ウソ」と「冗談」の境界線②:「ウソ」と“lie”の大きな違い ―ウソやジョークが許容される時

大島希巳江
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員

2025年05月23日

 日本語の「ウソ」という言葉と英語の“lie”という単語には大きなギャップがあると感じます。日本語では、誰かの話を聞いて驚いた時の表現として「えー、うっそー、すごい!」と言っても違和感はありません。信じがたい一言に対しても「それ冗談でしょ、本当に嘘つきなんだから」と言われても怒る人はいません。しかし、同じくらいのレベルの話において、英語で“Wow, no way, you must be lying! You are such a liar.”などと言ったら、かなり衝撃的です。“You call me a liar!?”(俺を嘘つきだと言うのか!?)と、相手はひどく怒ることでしょう。よほど仲が良ければ、本当に“liar”と思っているわけではないということをお互いが理解していて、冗談として言い合う可能性はあると思いますが。やはりキリスト教の影響を多大にうけている文化圏では、意図的にウソをつくという行為は許されがたいこととされる傾向があります。嘘つきと呼ばれることには大変な抵抗があることでしょう。

 ただし、“white lie”という言葉があるように、善意や誰かを守るための“lie”は別物と考えられているようです。例えば、悪者に追われていて助けを求めてきた人を守るためであれば、「〜はいるか?」と問われて「いいえ、ここにはいません」と、かくまったとしても、それは善意の“lie”であると認められる、ということです。やはり、ウソには悪意があるものと、善意の表れであるものとがあるように感じます。善意の表れであるものについては、多くの場合「ウソ」とはみなされないのではないでしょうか。

年代によるギャップ

 日本では「うそー!」と面と向かって言うことが許容されているとはいえ、時代の変化もあるのかもしれません。以前、私が母(84歳)と話をしているときに、ちょっと盛り上げようと思い「えー、ウソみたい、すごいね!」と驚いてみせたら、真顔で「あら、失礼ね。ウソじゃないわよ、本当のことよ」と明らかにムッとした顔をしたことがありました。そして、嘘つきと言っているわけではない、驚いた時の表現として「うそー!」と言うことは、現代社会において許容されている、という説明に対しても、昔はそのような言い方はしなかった、と言っておりました。「うそ―!」の使い方にも世代ギャップがあるということでしょう。もう少し最近で言うところの「それ、やばいわ!」が褒め言葉のようになっているのと同様の感覚かもしれません。

英語圏に見る「誇張」

 前回のNo.29のコラムでは、ウソとジョークの境界線はコンテキストによるもので、案外見極めが難しいということについて考えました。今回はそれに近い英語の話に触れてみたいと思います。Fisherman’s Jokeという、もはや一つの分野と言ってもいいほど数多くのジョークが語られている、釣り人に関するジョークがあります。釣り人ジョークは「盛りトーク」の典型的なわかりやすい例だと思います。ほぼ事実として、fishermenは実際に釣り上げた獲物についてのちに語るとき、20%くらいは大きめに報告をする傾向があります。

「昨日釣った魚は大きかったよ、うん。45センチくらいはあったな!」(両手を広げて見せる、でも本当は30センチくらい)など…。

具体的なジョークもたくさんあります。

 

A: I went fishing last night and caught a fish that was over 80 cm!

B: Oh yeah? I went fishing last night, too. And I caught an old lantern that was still lit.

A: No way, that’s impossible!

B: Alright then. I’ll blow out my lantern if you knock 30 cm off your fish.

A「昨日の夜、釣りに行って、80センチを超える魚を釣ったんだ!」

B「ああ、そうなの? 俺も昨日の夜釣りに行ったよ。そしたら、まだ火がついている古い灯籠(ランプ)を釣り上げたんだ。」

A「うそだろ、それはさすがにありえない!」

B「じゃあさ、お前が魚のサイズを30センチ小さくするなら、俺はランタンの火を吹き消してやるよ。」

 

 いかに80センチの魚が現実的ではないかということを突きつけるために、それは火のついたランプを釣り上げるくらいあり得ない、と言ってやったわけです。まあ、わかります。日本語でも「逃がした魚は大きい」ということわざがあるくらいですから、大きく言いたいですよね。「いやー、このくらいだったかなー?」と言いつつ「このくらい」の両手の幅がどんどん大きくなるものです。

 このジョークのような話を日本語では「ホラ話」という言い方をすることもあります。ホラ話は誇張した面白い話、という意味で大袈裟な作り話やあり得ないことをおもしろおかしく語る話のことです。ホラを吹くという言い方からもわかるように、ホラはホラ貝が語源です。吹くと見た目以上に大きな音を出すことから、大袈裟なことを言うことを「ホラ吹き」と言ったりします。ホラ吹きには「嘘つき」に似たようなニュアンスもありますが、基本的にはウソとは異なる表現だと思います。比較的、無害で面白いウソのことをホラと呼ぶのではないでしょうか。英語でも“exaggerated”(誇張した、大袈裟な)という単語がありますが、これがまさに「話を盛った」時の状態だと思います。この単語のニュアンスも、ウソというよりは、やはり実際よりもすごいことのように見せて楽しむという場合に使われます。

 

“I was so hungry, I could eat a whole cow!”

「お腹が空きすぎて牛一頭食べられるよ!」

 

Child: Mom, I just saw a 5-meter-tall man outside!

Mom: Sweetie, I told you not to exaggerate million times!

子供「ママ、外で5メートルもある男の人を見たよ!」

母親「大袈裟なこと言わないでって何百万回も言ったでしょ!」

(子供も大袈裟だけど、お母さんも大袈裟、ということ)

ウソもジョークも飛び交うエイプリルフール

 現在では多くの国で定着している、4月1日のエイプリルフール。この日は、ウソをついてもいい日として一般によく知られています。ウソをついていい日、というアドバンテージを利用して、個人レベルからメディアや企業まで、ありとあらゆるジョーク、フェイクニュース、偽りのメディア発表などが行われます。エイプリルフールの良いところは、その日語られた話はウソなのか本当なのかジョークなのか、判断をしなくていい、というところだと思います。みんながウソとわかっているので思い切りウソをついていい、となるとウソも大胆になりますね。

 特にメディアや企業はこぞってインパクトのあるウソを発信します。有名なものでは、2019年に全米オープンが公式にテニスボールを拾う仕事に子犬を採用すると発表したり、BBCが空飛ぶペンギンの映像を番組として放送したり(2008年)しています。

 企業が本格的に取り組んでいるエイプリルフールのネタとしては、2013年にGoogleマップのストリートビューチームが海賊キャプテンキッドの財宝を見つけた、という動画を発表していました。

 日本の企業も、ちょっとしたおもしろ広告を「本日はエイプリルフールです!」といった見出しとともに4月1日に出しています。例えば、食品用ラップフィルムの芯だけを売り出すという広告や、フライドチキンの骨だけを売ります、といった冗談の宣伝をリアルな広告として発表しています。

 遊び心満載のこういった広告はインパクトがあるため、ユーモア理論の一つにある「記憶に残る」という機能を有効に活用していると言えます。ビシネスの場面では“Joking means selling.”と言われることもあり、面白いということは何かがよく売れることである、という定評があります。エイプリルフールという機会をうまく利用して、より面白く、よりインパクトのあるフェイクニュースやジョーク広告を打ち出し、企業イメージをアップしようとする試みが世界中で行われています。

 それにしても、ウソを盛大についてもいいエイプリルフールに盛大なジョークが飛び交うということは、やはりウソとジョークの境界線は薄い、ということが言えそうですね。

 

<参考>

BBC “Flying Penguins – BBC”(https://www.youtube.com/watch?v=9dfWzp7rYR4)

Google Maps “Explore Treasure Mode with Google Maps”(https://www.youtube.com/watch?v=_qFFHC0eIUc&t=137s)

 

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大島希巳江 著
定価 2,200円(本体2,000円+税10%) A5判 128頁
978-4-385-36156-7
2013年6月20日発行

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プロフィール

大島希巳江    おおしま・きみえ
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員

教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。

1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。

著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。

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