大島希巳江
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員
2024年10月21日
「高コンテキスト」な文化と「低コンテキスト」な文化でのしゃべる量と質について前回のコラムではお話ししましたが、このコミュニケーションスタイルの違いを「日本庭園」と「英国風ガーデン」に例えて考えることができます。高コンテキスト文化の会話を私は「飛石トーク」と呼んでいます。日本庭園にある飛石のようにポーン、ポーン、ポーンと適当に並べられていて、それぞれの石の大きさも形も違うし距離もバラバラだし、一直線に並べられているわけでもありません。会話に参加する人たちはそれぞれの言うべきことを最後まで言わず、完結しなくても他の人が穴を埋めてくれることを期待して話している様子が、飛石のような印象を与えます。1から10までのことを話す場合にも、1、3、5、7、9のように話すということです。これは、そのように話しても相手が2、4、6、8、10を補完してくれることが期待できるからです。例えば親友同士や家族間のようにより高コンテキストな間柄であれば、もしかしたら1、4、8くらい伝えれば残りの2、3、5、6、7、9、10までの全てを相手は理解してくれる、というケースもあるかもしれません。高コンテキストであればあるほど共有している情報が多く、言わなくてもわかる部分が多いからです。ぴょんぴょんと話を間引いて話すこの飛石トークは当然、低コンテキストの相手には通用しません。
低コンテキストの「一直線トーク」
低コンテキスト文化の会話スタイルを、私は「一直線トーク」と呼んでいます。お庭に例えるなら、英国風ガーデンのレンガやタイルをしっかりきっちり敷き詰めた一直線の通路のような話し方を指しています。同じサイズ、同じ形のレンガを使ってできる限り隙間を作らず、凸凹を作らず、行き先まで寄り道せず一直線に辿り着こうとします。コミュニケーションスタイルにおいても同様に、必要な情報を必要な順番で飛ばさず積み重ねるように話すことが良いとされています。1から10のことを伝えるならば、当然1、2、3、4、5、6、7、8、9、10のように話します。お互いに共有している情報や常識が少ないので、相手に補完してもらうことは期待できません。全て自分から情報を提供しなければなりません。例えば1、2、4、6のように話したとしたら、相手が必ずしも3と5を補完して理解してくれるとは限りません。3ではなく、代わりに8を入れて理解してしまうかもしれないのです。相手の常識が自分のそれと異なれば、当然あり得ることです。それでは困るので、1から10まできちんと並べて話すというスタイルをとっていると考えられます。もちろん、いずれにしても個人差はあるものです。当然、低コンテキスト文化圏の人々の間でも親友同士や家族間では人間関係が密で、高コンテキストになるものです。その場合は、飛石トークも当然可能となります。
お庭とコミュニケーションの意外な関係
お庭の造りにコミュニケーションスタイルや文化的価値観が表れる、という視点はとても面白いと思います。お笑い芸やコメディも、飛石トークや一直線トークに通じるものがあります。漫才や落語の会話のやり取りは飛石のようにあちこちに飛んだり、間を使ったり、隙間を観客に想像させたりします。一人語りのコメディは敷き詰めたレンガのように隙も間もなく、弾丸のように突き進みます。
さらに、庭のコンセプトにはアジアの自然と共存しようとする自然主義と、欧米の自然を上手くコントロールし征服しようとする管理主義が表れているとも言われています。日本庭園は基本的に自然を模倣した造りとなっています。手前には川や海を模した池(もしくは水を使わない場合は砂利を水に見立てます)、奥には山があり林があり、季節の木々や草花が思い思いの場所に生えているかのように配置されています。自然を模した庭なので、直線的なものはほとんど見当たりません。確かに日本では何事も自然が一番、と考える傾向があるように思います。メイクもナチュラル系、自然食が体に良い、自然治癒でいこう、など自然を克服しようとするよりは、自然に寄り沿って自然の流れに任せて生活する、という考え方があると思います。
一方で、英国風ガーデンは草花の色合いや形を考慮して、同じ種類の花や木を並べて、全体を美しくデザインした造りになっています。結果として、自然ではあり得ない花や草木が隣あって存在する花の時計や花壇が出来上がり、それらを合理的に鑑賞できるように真っ直ぐで広々とした通路が施されています。自然とは放っておくと脅威となるため、人の手によって程よくコントロールしてあげるのが良い、という考え方がガーデンに表れているようです。確かに見た目に素晴らしく、自然界では見られない人間の美学がそこにはあるような気がします。
どちらが良いということではなく、コミュニケーションスタイルも物事に対する考え方や受け止め方もそれぞれで、それが物理的な「庭」というものに凝縮されていることがとても興味深いと思います。
大島希巳江
おおしま・きみえ
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員
教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。
1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。
著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。
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