大島希巳江
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員
2024年07月22日
日本では、お笑い芸といえば漫才やコントが近年最もポピュラーでしょう。少し遡れば落語も伝統的に人気があり、現在でもそのスタイルは変わることなく受け継がれています。それらの特徴は、なんといっても「会話で成り立っている」ということです。日本の笑い話は、日常会話だけでなくプロのエンターテインメントのレベルでも会話を重視していると言えるのです。これはとても面白い現象ですね。私は英語落語をやりますが、海外公演でまず説明することが、一人で何人もの登場人物を演じ分けながら会話のみで話がすすむ、という点です。しかも上下(かみしも)を振りながら登場人物が会話する、というスタイルは海外でもちょっと珍しいので、断然、説明が必要です。
日本の漫才にしても、やはり二人組で会話をしたり一定の状況をコント風に演じたりするというスタイルが多いようです。漫才の例として、ここで夢路いとし・喜味こいしの例を挙げてみます。夢路いとし・喜味こいしは1937年から2003年まで活動した兄弟漫才師です。長年たゆむことなく人気を博し続けたこのコンビのネタは最もクラシックで、時代を選ばす、かつわかりやすく上品なものであったと思います。数々の賞を受けていますが、1999年には大阪市が指定無形文化財に指定したほどで、「上方漫才の宝」と呼ばれています。
『我が家の湾岸戦争』より一部抜粋
いとし:実はね
こいし:うんうん
いとし:昨夜私の家で湾岸戦争が始まってね
観客:(笑)
こいし:夫婦喧嘩がなんで湾岸戦争やねん
いとし:昨夜
こいし:はい
いとし:晩飯の時やで
こいし:晩飯の時なんやちゅうねん
いとし:うちの嫁はんがね、持ってるお椀をポーンと投げて、それが私の頭へガーンと当たって、湾岸戦争が始まった
観客:(笑)
主となって話す者に対して、合の手を入れたり、観客の代わりにツッコミを入れたりすることによって会話を成り立たせ、間を取りながら、二人の会話形式で話が進んでいきます。観客に話しかけるということはしません。漫才師二人の前にスタンドマイクが一本置かれていて、それに向かって二人の会話を見せる、というスタイルです。このスタイルは令和の漫才でも変わりません。
一方、英語圏のコメディアンはたった一人でマイクを握って、観客に語りかけます。場合によってはコメディアンが観客に質問をしたりして、それに観客が答えるという意味で会話が生じることはあります。過去にはアメリカやヨーロッパでもDuoと呼ばれる二人組のコメディーがあったようですが、いまではスタンダップコメディーと呼ばれる、一人でマイクを持って舞台に立って観客に向かって喋り倒すというスタイルが主流で、コメディーショーの大半は弾丸のような一人喋りで進んでいきます。
英語圏の「コメディー」
英語コメディーの例として、ここではアメリカの女性コメディアン、Tig Notaroのネタを紹介します。2000年代になってから活発に活動を始めたコメディアンですが、社会風刺ネタや自虐ネタ、身近なエピソードなど、バラエティに富んだネタを披露しています。
I’ve been traveling around … and … in the States … I’ve noticed these signs showing up at public pools … that you cannot go swimming if you have diarrhea. … (laughs) … My question is … how frequently was this happening? … (laughs) …
“I don’t feel well. … Doctors say I should definitely stay home. … But you know what? If I head down to a public pool … go swim around …” … (laughs) … “Hey! Out of the pool!” … “Me?” … “Yeah, you can’t swim with diarrhea.” … “Oh, so, this is a problem?” … (laughs) …. “Yeah, gotta get out of the pool.” … “Listen. If you don’t want me swimming … with diarrhea, … then you’re gonna need to hang up a sign.” …
私もあちこち旅をして回っていますが、アメリカで気がついたことがあって。公共のプールの看板に『下痢をしている人は泳いではいけません』と書いてあるの。(観客笑)私が疑問に思うのは、どういう経緯でこの看板が出されることになったのか、ということ。
ある日、誰かが、「ああ、今日は具合が悪い。医者も家でおとなしくしていた方がいいって言ってた。でも、そうね? もし今から公共のプールへ行って、泳いだなら…。」なんて言って、プールへ行ったとしましょう。(プールの中で下痢をする動作)監視員に「おい! プールから出なさい!」って怒られて。「私?」「そう、下痢になっている人がプールに入ってはいけないよ。」「あ、つまりこれは問題があるということ?」(観客笑)「そうだ。プールから出ないといけないよ。」「あのね、もし下痢をしている人に泳いでほしくなかったら、看板でも出しておかないと。」
Tig Notaro “Public Pool” https://youtu.be/pSGGgtmF5Kg?si=aF_1iQH7flmoyEqW
※上記の動画の一部より一部抜粋。※Provided to YouTube by BWSCD, Inc.
一人で喋るわけですから、間も少なくテンポも比較的早く、機関銃のようにドドドーっと話している印象です。このコメディーのスタイルの違いは、日米の日常会話のスタイルを反映していると思われます。この理由については、次回のコミュニケーションスタイルの違い、というところで詳しくお話ししたいと思います。
大島希巳江
おおしま・きみえ
神奈川大学 国際日本学部 国際文化交流学科、「NEW CROWN」編集委員
教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学、異文化コミュニケーション、ユーモア学。
1996年から英語落語のプロデュースを手がけ、自身も古典、新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画、世界20カ国近くで公演を行っている。
著書に、『やってみよう!教室で英語落語』(三省堂)、『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社)、『英語落語で世界を笑わす!』(共著・立川志の輔)、『英語の笑えるジョーク百連発』(共に研究社)他多数。
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