森 信嘉 東海大学文学部北欧学科教授
2017年05月24日
かつて学生街に欠かせないものと言えば喫茶店と古書店であった。授業をさぼって古書店を渡り歩く。何とも優雅な気分になる。読んでみたい本を適当に買いあさり,ふらりと喫茶店に入って読みふけったものだ。掘り出し物が見つかったときの感激はいつまでも心に残る。今でも古書店巡りは楽しみの一つである。
日本の地方都市に行っても,海外に出向いても必ず古書店を訪ねてまわる。東京の神保町は古書街として有名であるが,どういう訳か西ノルウェーの片田舎に突如として神保町が出現した。
人影まばらなフィヨルド沿いの村に誕生した「ブークビューエン(Bokbyen)」なる古書街である。bokはbook,byは town,-enはtheにあたるので,英語に直訳すれば “The Booktown” といったところだろうか。イギリスの地名であるDerby, Rugby, Whitby中の-byはバイキング時代に北ゲルマン語(ノルド語)から英語に流入した語である。本来の語形はbýr/bærで,「農園」,「屋敷」,「町」などを意味した。
言語史的に古ノルド語は,西ノルド語(ノルウェー語,アイスランド語,フェーロー語)と東ノルド語(スウェーデン語,デンマーク語)に大別されるが,現代の分類では類型論上の類似点によりアイスランド語とフェーロー語を「離島ノルド語」,その他を「大陸ノルド語」と分類するのが一般的である。
英語はドイツ語,オランダ語,フリジア語等と共に西ゲルマン語に属す。古ノルド語時代の語彙は1800語程現代英語に残っているそうだ。動詞ではcut, get, give, take, wantなど,名詞・代名詞ではboth, sister, they, their, themなど,形容詞ではodd, loose, ugly, weakなどが一例として挙げられる。つまり,英語学習の初期段階ですでに北ゲルマン語に触れていることになる。
最近,「英語は北ゲルマン語である」という見方があり物議を醸している。主張しているのはノルウェー人言語学者であるが,この学者の説によれば,英語は従来信じられてきたように古英語を継承する言語ではないとのことである。語彙の借用のみならず,西ゲルマン語には見られないが北ゲルマン語には見られるというシンタックス上の英語との類似点を挙げて自己の主張を展開している。おかげでネット上では大騒ぎになっている模様である。
この議論が今後どのような展開を見せるか予測できないが,あまり深入りせず今は静かにフィヨルド沿いの古書街に思いを馳せていた方が気が楽である。そういえば,fjordという語も古ノルド語起源であった。
写真:西ノルウェー,フィヨルド沿いの古書街
(「TEACHING English Now Vol.27」2014/1発行より転載)
森 信嘉 もり・のぶよし 東海大学文学部北欧学科教授
東海大学文学部北欧学科教授。専門は西ノルド語学。神奈川県横浜市出身。東京外国語大学ロシア語学科卒業。同大学大学院ゲルマン系言語専攻修了後,ノルウェーのオスロ大学ノルド語科留学。編著書に『ノルウェー語文法入門』『ノルウェー語基礎1500語』『アイスランド語基礎1500語』(以上,大学書林),『北ヨーロッパの文字と言葉』(小峰書店),『スカルド詩人のサガ』(翻訳,東海大学出版会)などがある。
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