教育学(社会言語学)博士。専門分野は社会言語学,異文化コミュニケーション,ユーモア学。文京学院大学外国語学部教授。1996年から英語落語のプロデュースを手がけ,自身も古典,新作落語を演じる。毎年海外公演ツアーを企画,世界20カ国近くで公演を行っている。著書に,『日本の笑いと世界のユーモア』(世界思想社),『英語落語で世界を笑わす!』(共著/立川志の輔),『英語で小噺』(共に研究社)他多数。
はじめに
DVDについて
解説編
1. 英語落語の効用
① 異文化理解を促す「笑い」
② 落語の笑いで日本文化発信
③ 海外公演のエピソード
2.英語落語をやってみよう
① 英語学習とユーモア
② 英語落語を演じるときのポイント
③ 英語落語で気をつけていること
④ 英語落語の指導のヒント
⑤ Rakugo会をやってみよう
実践編
小噺
①Carpenter? 大工?
②Gamblers 賭けごと好き
③Trial おためし
④Happy Life 幸せな人生
⑤A Cat's Name 猫の名前
英語落語 海外公演でのひとコマ
落語
①Pot Mathematics つぼ算
②Hasty Two 粗忽長屋
③A Coon Dog and a Gambler たぬさい
④Time Noodles 時そば
⑤The Cat's Bow 猫の茶碗
⑥A Stingy Man and Grilled Eel ケチとうなぎ屋
⑦The Zoo 動物園
⑧A Man in a Hurry いらち俥
⑨I Hate Manju まんじゅうこわい
⑩Momotaro, the Peach Boy 桃太郎
おわりに ~これからの目標~
はじめに
1996年,私が大学院生のときにオーストラリアのシドニーで開催された,国際ユーモア学会に出席したのが,すべての始まりでした。国際ユーモア学会とは,世界中から集まった研究者が,真面目に,また真剣に笑いとユーモアを研究する,笑えるようで笑えない不思議な学会です。数百人いる参加者の中に,日本人は3名しかいませんでした。そのうちの1人だった私に,「なぜ日本人はジョークを言わないのか」「なぜ日本人はジョークを聞いても笑わないのか」など,日本人はつまらない・笑わないという世界に定着したイメージについて質問が集中してしまいました。そのときは明確な答えを持っておらず,きちんと答えられなかったのを悔しく思いました。そこで,「次の年の学会では,日本人のユーモアについてきちんと発表します」と約束をして逃げ帰ってきました。1996年,屈辱のシドニーです。
帰国後すぐに,さまざまな国から集まった国際ユーモア学会の研究者に,日本人の笑いのセンスを理解させる方法と素材を探しました。笑いが生じている日常会話を分析したり,コントや漫才を翻訳してみるなど,さまざまなことにチャレンジしました。しかし,日本語や現代日本の状況を知らないと理解されないものであったり,ある程度歴史がないと日本人オリジナルのユーモアであると証明できないなど,壁や限界にぶつかりました。そんな中,見つけたのが落語です。
実は私自身,落語というものを当時あまりよく知りませんでした。今考えると,知らなかったからできたという部分もあったかと思います。落語が長い歴史を持つ伝統芸能であり,ただの大学院生が勝手にそれを英語に訳して,海外公演を実行することなど無謀なことだ,と常識で考えればすぐにわかるのですが,そのあたりの常識がなかったので,チャレンジできたのかもしれません。ともかく寄席に通い,落語協会と落語芸術協会,上方落語協会にも挨拶に行き,落語について学びつつ,協力してくれる落語家さんを探しました。このとき,快諾してくれたのが笑福亭鶴笑さんです。翌年の国際ユーモア学会にも自費で同行してくれました。今でも一緒に海外公演へ行くことがありますが,本当に鶴笑さんには感謝しています。
さて1997年,「屈辱のシドニー」の翌年,国際ユーモア学会の開催地はアメリカのオクラホマでした。何もない,真っ平らなオクラホマの大地で,エンターテインメントとしての伝統芸能「落語」を紹介しました。そのときは鶴笑さんが日本語で落語を演じ,私が作った字幕を噺に合わせて操作しました。結果は大ウケで,初めて日本にもユーモアがあったのだ,と学会で認めてもらうことができました。
ところが,発表の後,鶴笑さんは少々不満そうでした。やはり,自分のしゃべった言葉でお客さんが笑わないと,自分の落語がウケた,という実感が持てないというのです。それであれば,やはり自分の言葉で,つまり鶴笑さんが英語で落語をしゃべるしかないですね,という話から,英語落語の公演ツアーをやろう,ということになったのです。オクラホマ大学のキャンパス内,だだっ広く芝生の広がる場所で,たった2人でそう決めました。
それからの1年間は死に物狂いでかけずり回りました。大学院生でしたし,他の大学で非常勤講師としての仕事もしていましたし,落語の勉強も続けながら,公演ツアーのスポンサー探し,同行してくれる落語家探し,落語家の英語トレーニング,落語の英語翻訳,公演先の会場探し,現地での宿泊先や移動手段のアレンジ,全てが同時進行でした。完璧だったわけではありませんが,がむしゃらに前進しただけの成果はあったと思います。1998年10月,英語落語アメリカ公演ツアーが実現しました。落語家,お囃子さんを含めてメンバーとスタッフは8名。このとき初めてパスポートを取得したという落語家もいたほど,外国とは縁のない人たちをひき連れて,珍道中へと出発したのでした。このアメリカ公演では6カ所で公演を行い,大盛況でした。
これがきっかけとなり,その後もずっと,日本のユーモアを世界に発信するため,毎年海外公演ツアーを続けています。英語圏だけでなく,アジアやヨーロッパの国々でも公演をしてきましたが,英語落語の公演はより多くの意味を持つようになってきました。最初は日本人にもユーモアがあるということを証明したかった,というだけで始めた公演ツアーでしたが,実際には日本文化を広めることにもつながっていったのです。日本の食文化,生活習慣,家族関係,社会的規範,仏教と神道の共存,さまざまな要素が落語には含まれています。これらを外国の人に理解できるように英訳するために,私自身も日本文化について相当勉強し,多くを学びました。さらに落語の笑いが世界の人々と私たちを笑顔でつなぎ,友好な関係を築くこと,コミュニケーションのよいきっかけやツールになることなど,多くの発見がありました。日本人にとって,よい英語学習の教材になるということも,実は後からわかったことです。
落語は会話で構成されていますから,英語落語を覚えて演じるということは,たくさんの英会話を覚えて演じるということです。日本語にしても英語にしても,まったくの無感情で話すということはあまりありません。実際に英語を話すときは,何かしらの感情や意図があって話すものなので,声の大きさやトーン,しぐさや表情などにそれが表れるのが普通です。英語落語を演じるということは,それらを疑似的に表現しながら英語を話すという,とてもよい手法であるといえます。
これからの国際社会はグローバル化がますます進みます。特に外国へ行かなくても,日本もさまざまな国から人が流入し,グローバル化しています。日本人という国際人である限り,英語力だけでなく日本文化を発信できる力を身につけてほしいと思います。日本文化に誇りを持って,しっかりと英語で伝えられる国際人であってほしいと思います。日本を一歩出ると,誰しもがつくづく「自分って日本人なんだな」と感じるものです。そして,日本について質問されたら答えられる人になりたいと思うものです。英語落語を一席でも覚えておけば,自信を持って英語で話せる人になれます。英語落語一席が短くても5分くらいであるとすれば,5分間は堂々と日本の伝統文化を英語で話している国際人になることができます。これは,特に若い中高生にとっては大きな自信となります。
そして何よりも,英語落語には笑いがあります。英語表現はもちろんですが,顔の表情やしぐさなどを自分で工夫することで,笑いを作り出すことができます。たとえ英語が苦手な生徒でも,工夫すれば素晴らしいパフォーマンスをすることができます。大学でも,英語は得意ではないけれど,英語落語なら楽しく自分らしく英語を学べるかもしれない,という期待から授業を履修する学生もたくさんいます。そしていまのところ,その期待に応えられていると思います。これからも,笑いと活気にあふれる楽しい授業が展開できればうれしく思います。
以上のようなことから,本書を出版するにいたりました。私自身が英語落語の授業を8年間続けてきた中で,若い世代にわかりやすく海外でもウケやすい英語落語を厳選し,より多くの教員の方々に使っていただきたいと願い,制作した一冊です。この英語落語という材料を,使いやすいように自由に使っていただければ幸いです。なお,本書では英語力に関係なく,誰もが取り組みやすいように古典落語を短くし,噺によってはオチを変えるなど多くの点を改変して掲載しています。実際に海外公演で演じる英語落語とも異なる点が数多くあります。これをきっかけに,落語や英語落語にさらに興味を持っていただければ幸いです。落語に興味を持った方は是非,寄席や落語会へお出かけください。英語落語に興味を持った方は是非,国内外で行われる英語落語会へいらしてください。お待ちしております!
先生向け会員サイト「三省堂プラス」の
リニューアルのお知らせと会員再登録のお願い
平素より「三省堂 教科書・教材サイト」をご利用いただき、誠にありがとうございます。
サービス向上のため、2018年10月24日にサイトリニューアルいたしました。
教科書サポートのほか、各種機関誌(教育情報)の最新号から過去の号のものを掲載いたしました。
ぜひご利用ください。