I.はじめに
小・中連携という視点から,小学校英語活動について中学校の英語の先生方によく知られるようになってきた。セミナーや研修会等でも中学校からの参加者も見かけるようになり,中学校から小学校に転勤され小学校英語活動のリーダーとして活躍されている先生の話もうかがう。その小学校英語活動について,その一端を今回は高校の英語の先生方に知っていただき,そこで子どもに芽生えたよさを高校でさらに伸ばして花開かせていただくことを提言するのが本稿の趣旨である。
II.「五感」での定着を期待する
1.情熱と愛情で伝えられたcomeとgo
2月上旬,静岡県内のある研究指定校である小学校で,英語活動の公開授業を参観した。一つ印象的だったのが,あるときは
“Go back!” と片腕を伸ばして教室の奥を指差し,またあるときは “Come back!”
と広げた両手を自分の胸へと収める先生の姿だった。どちらも小学校の先生特有の大きなジェスチャーと見受けられ,これが授業中何回となく繰り返された。
動詞comeとgoの語法の違いについて,英和辞典を紐解くと,次のような明快な説明が得られた。
(1)相手のいる[いた,いることになっている]所へ行く場合はgoを用いる。相手が在宅(の予定)の場合;相手の不在がわかっている場合はcomeではなくgoを用いる。
(2)相手といっしょに行く場合はcomeもgoも可。
(1)(2)ともbringとtakeの違いにも当てはまる。
※例文省略,『グランドセンチュリー英和辞典 第2版』(三省堂 2005年)より
とにかく,二つの動詞の使い分けには,相手の存在がものを言う。高校生のホーム・ステイが近年益々増加しているが,例えば,滞在先の家庭で,夕食ができたのでダイニングルームから
“Jun, dinner is ready.” と呼ばれたとしよう。ここで「今,行きま〜す」のつもりで返答するなら 正しくは “I’m coming!”
となる。“I’m going!” と言ったら,最悪の場合,外出するので夕食は不要ととられ,Junの分は片付けられてしまうかもしれない。
やや極端な例話になったが,comeとgoの使い分けは,高校生になってもなかなか定着が難しい語法の一つだろう。それをあの大きなジェスチャーで何度も何度も呼びかけている小学校の先生の姿に,ひたむきな情熱とあふれる愛情を感じた。と同時に,きっとこれは小学生の五感で定着していくであろうこと,そして将来上級英語学習でも必ず生きてくることを確信した。
2.知識を超えた正誤判定基準
帰国子女とのやり取りで次のような経験をお持ちではないだろうか?
先生 :どうしてこれが正解だと思うの?
帰国子女:う〜ん,なんとなく。聞いたことがあるような気がするんです。
これは,その帰国子女が大量の音声を聞いているがゆえに培われた一つの判定基準だと推察される。
筆者は,自分が知っている英語の歌詞を,自分が話す・書く英語のよりどころにすることが少なからずある。小学校英語活動では,英語の歌に加えて,マザーグース・早口言葉・チャンツなど多様な音声メディアが使われている。まだ幼い頃にインプットされた「生言語データ」は,時間を経て後の英語人生に生きてくることを期待している。自分の書いた英文が正しいか否か,この問いに対して文法的知識に加えて,「これは聞いたことがある」「これは聞いたことがない」というネイティブ・スピーカーの直感に近い判定基準が加わることになるだろう。
III.センター試験リスニングテストとの接点を探る
1.期待される五感による定着
高校英語に関して,最近の大きな変革の一つは,大学入試センター試験での英語リスニングの導入であろう。大学入試センターのホームページに公開されている平成18年度英語リスニングテスト問題から,小学校英語活動との接点をいくつか探ってみる。小学校英語活動に,その基礎が養われている問題もいくつか見受けられる。まずは,前述の動詞comeとgoの使い分けである。
M: Kathy, do you want to go bowling with us?
W: Sure, but it depends. When are you going?
M: This Friday night. Can you come? (第2問 Question No.12)
二つの動詞の使い分けがうまく表現されているなという印象を受けた。加えて,「go
〜ing」などの重要表現も盛り込まれている。「文法」という名のルールブックを最終的なよりどころにするにしても,小学校時代からの五感での定着が起こっていれば,これは何にも増して強いと思う。
2.マニュアルにない対処の練習
小学校でよく道案内(学校の内外)の活動を行う。いくつかの道案内の必須表現と目印となる建物や教室等の語彙が聞き取れ,言えるよう練習する。
M: Pardon me, do you happen to know where the
library is?
W: Sorry, I’m not from around here. (同 Question No.8)
本問は,中・高の英語の教科書にある道案内の「マニュアル」が通用しない対応に基づく出題と言えよう。筆者も,たまたま知らない土地にいるときに,道をたずねられた経験も一回二回ではない。小学校英語活動で買い物ゲームをやる。最初はマニュアル通りに練習するが,次第にマニュアルにない注文や質問をしてその対応を子どもに求めていく。これはまだ幼いうちから変化に対処できる力を養う目的である。言葉を失って沈黙してしまうこともあるが,この沈黙も大切なステップである。相手が何を言おうとおかまいなしにこちらのマニュアル通りに言い放しにはしないことも「生きる力」の一環として高く評価したい。
コミュニケーションにおいて,小学校からマニュアルにない対処の場が設定され,切り抜ける練習を重ねていく。その子たちが高校生になって英語で議論をする際,想定していない場面にも英語で対処できる力が発揮されることを願っている。
3.小学校と高校で共有したい英語表現
センター試験リスニングテストながら,次の問題には,小学校英語活動でも是非生かしたいと思う表現が登場する。
M: You really sing well.
W: Actually, I’m taking singing lessons.
M: Oh, really? How often? (同 Question No.10)
本問のsinging を piano や
abacus(そろばん)などに変えれば,小学生が自分の習い事を語る英文ができあがる。好き嫌いなど「自分を語る英語」は,小学校英語活動でかなり実践されている。多少難しい表現・語彙であっても,自分を語るのに必要な場合,小学生はさほど苦にせず表現する姿によくお目にかかる。その一例として,高校英語ではあまりお目にかからない語彙に筆者はよく遭遇する。例えば,action
figure (ヒーローの人形),monocycle(一輪車),horizontal bar(鉄棒),jump
rope(縄跳びの縄)などである.こうした語彙を知る小学生が高校生になったとき,自分の幼いころを語るのに使うかも知れないし,妹・弟・幼いいとこについて語るときに使え,表現のバリエーションが広がると期待する。
次の問題には思わず微笑んでしまった。高校生が面白おかしく「自分を語る英語」が満載の一問だと思う。相手が興味を持って面白がって聞いてくれるよう工夫して話すことは,小学校のうちから意識させたい。
W: How was your school trip to Nara, Ted?
M: Well, the temples and shrines were pretty good,
and it was fun singing on the bus.
But going around with friends was the best.
W: How was the food?
M: It was OK, but there wasn’t enough. (第3問 Question No.15)
4.発話のよりどころとなる音声インプット
センター試験リスニングテストでは,音声は二回ずつ聞くことができるが,自然に近い速さで音声が流れる。そのため,英語特有の音変化(脱落・連結等)が起こる。音声が聞き取れない理由が,実はその単語や表現自体を知らなかったということもあるので,語彙・表現を増やすことは不可欠である。さらに,英語聴解には,英語音声学上の基本的知識を習得し,演習を繰り返し「この表現はこう聞こえる。」と実際に自分の耳で獲得した知識が鍵を握ると思われる。
子どもは耳がよいから,早くから英語の音声に親しませるべきだ,という議論をよく聞くが,耳がよいというより,文字に頼らず,文字に過剰な意識が注がれない分,音声が非常に大きなよりどころとなり,それに倣って発話するのではないかと筆者は推察する。もちろん母語と外国語という違いは考慮に入れる必要はあるが,まだ文字を読めない日本人の幼児が,大人顔負けの言葉を話し,笑いを誘うことも多い。
IV.上級英語学習の基盤を築き,心の栄養となりうる小学校英語活動
小学校英語活動より生言語データとして多くの英語の音声インプットを与え,国際理解を含めて英語に対する興味を持続できれば,高度な英語を学習する高校で,特に「聞く」「話す」技能において,必ずやしっかりした基盤が築かれると信じる。
最後に,小学校英語活動先進校の先生のこんな話を紹介したい。その小学校のALTの先生は,子どもたちにことあるたびに丁寧に
“Thank you.” と言う。もちろん子どもたちも “Thank you.”
を口にするのだが,そのうち子どもたちの間に日本語の「ありがとう。」が増えたという。「ありがとう。」の言葉をよく耳にする小学校の姿をご想像いただきたい。副産物として,感謝の気持ちを表現する言葉が増えたとしたなら,その気持ちと言葉は高校でも大切にしたい「心の栄養」になりうると確信している。
矢野 淳 (やの
じゅん)
静岡大学助教授。中学校・高等学校教諭を経て現職に。専門は英語教育学で,研究課題は学校文法の教材と音声指導に関する研究。現在,小学校英語教育学会(JES)事務局長としても活躍中。著書に『英語の「授業力」を高めるために』(三省堂,共著),『マイ・ディクショナリー書き込み式英和辞典』(小学館,共編),CD-ROM教材『小学校英語』シリーズ(学習研究社,共編)ほか。
|
英語教育リレーコラムバックナンバー
|