編者・執筆者紹介
[編者]
高梨庸雄(たかなし つねお)
1960年山形大学卒業,1970年ハワイ大学修士課程修了。高等学校教諭,青森県教育センター指導主事,弘前大学教授を経て,現在京都ノートルダム女子大学大学院教授。主な著書に『英語リーディング事典』『教室英語活用事典』『英語コミュニケーションの指導』(以上,研究社)など。
[執筆者]
岡澤 永一 (開智学園教諭)
小野 尚美 (成蹊大学文学部教授)
粕谷 恭子 (聖マリア小学校教諭)
杉本 義美 (京都外国語大学)
高梨 庸雄 (京都ノートルダム女子大学大学院教授)
田縁 真弓 (ノートルダム学院小学校非常勤講師)
野呂 徳治 (弘前大学教育学部助教授)
矢野 淳 (静岡大学教育学部助教授)
行田 隆一 (ノートルダム学院小学校教諭)
目次
はじめに
第T章 授業分析の枠組み
第U章 指導案の流れに沿った授業の分析と改善のポイント
A 小学校
B 中学校
C 高等学校
第V章 学習者に焦点を当てた授業の分析と改善のポイント
A 小学生
B 中学生
C 高校生
第W章 教師に焦点を当てた授業の分析と改善のポイント
A 小学校
B 中学校
C 高等学校
第X章 4技能に焦点を当てた授業の分析と改善のポイント
A Listening: 小学校の視点から
B Speaking: 小学校の視点から
C Reading: 高等学校の視点から
D Writing: 高等学校の視点から
第Y章 授業改善に役立つ教師の技能
A 発問の技能
B フィードバックの技能
C ヴィジュアル・コンテンツの活用
第Z章 定期試験問題の分析と改善のポイント
A 観点別評価とテスト問題
B 試験問題の形式と内容
C 評価目的に合った試験問題
D 音読の評価
第[章 授業改善のための評価の枠組み
A 1時間の授業研究の場合
B 長期的な授業研究の場合
C 校内研究会の場合
D 中教研,高教研の場合
第\章 授業改善のための教師の自己研修
A 授業研究会・研究協議会の持ち方
B 協同的アクション・リサーチ
C 英語力向上のための方法
参考文献
おわりに
索引
はじめに
1. 授業力
「『英語を話せる日本人』の育成のための行動計画」に基づく英語教員研修が始まってから早2年。都道府県の研修講座では様々な試みがなされている。しかし,英語力を測るテストは既存のものに新規参入も加わり,ニーズに合わせて選ぶことがある程度できるようになったが,「授業力」を測るスケールで共通の物差しとなっているものはいまだない。英語力は授業力を構成する要素のひとつに過ぎないことを考えれば,日本の英語教育を変えるには,もっと大きな単位の「授業力」がきわめて重要なはずである。教育現場の中心は授業であり,授業研究が現場の研修の中核でなければならないが,現実はかなりお寒い状況にある。中学校教員はまだ授業の型を持っているので,その型の比較による授業研究が比較的容易である。しかし,高校教員の場合は,個人間の違いが大きく,よく言えば個性的,率直に言えば「指導過程はあってなきが如し」の授業も少なくない。本書では授業力にかかわる要素を取り上げ,授業の流れの中でそれらを分析し,改善への提言や示唆を与えることを意図して執筆したものである。
2. 授業分析
現場の教育の中心にある授業には,まず,教師と生徒とのインタラクションや生徒間のインタラクションがある。さらに教師,生徒とも,それぞれの視点や背景知識をもとに,教材とのインタラクションを意識的・無意識的に行っている。それは一般的な言い方をすれば,書き手(Writer)と読み手(Reader)とのインタラクションであり,教科書の場合は,教科書に込められた感動,主張,哲学,外国語学習についての理念や理論等を教師の仲介を通して生徒の頭と心に届けられるのである。日々の授業において,○年△組では何をどんな順序で行うのか,紙に印刷しなくても教師の頭の中には「指導案」がある。教師になりたての頃は,自分の授業にめりはりの効いた指導段階があったはずである。しかし,経験を積むにつれて,次第にめりはりがあいまいになり,指導過程が崩れている教師もある。指導案が崩れると,その授業時間の到達目標の確認があいまいになり,結果的に次回の授業の復習で何を重点的に行うべきか焦点がぼやけてくる。その結果,復習の内容がマンネリ化してくる。
3. 授業評価の枠組み
紙に書く場合でも頭に描く場合でも,指導案にはどのレベルの生徒にどんな働きかけをするかが不可欠な要素である。その働きかけは教科書を中心にして行われる。つまり,教師は教科書を念頭において生徒に働きかける。ここに教科書,教師,生徒からなる正三角形の関連図が想定される。教師の説明が多くなると反比例的に生徒とのインタラクション(生徒への働きかけ)が少なくなり,三角形のバランスが崩れる。
教師が生徒に働きかけ,生徒がそれに反応し,その反応の程度(完全,不完全,間違い等)に応じて生徒に必要な(あるいは役立つ)情報を返してあげる。これが授業の基本であり,英語ではInitiate→Respond→Feedbackと読んでいる(他の呼称もあるが基本的には同じである)。これが映画のワンカットのようになり,授業という映画が出来上がる。この意味で教師はシナリオ・ライターであり,監督であり,出演者である(ただし,主役は生徒)。
授業研究には,まず,同じ学校に勤務する教員の「校内授業研究会」がある。研究指定校になると,校内研究会が組織化され,授業・教育研究法の流れに沿って行われる。これは1年間から3年間に及ぶ長期的な研究会になる。研究指定を受けると,その研究テーマにもよるが,中間発表会とか「公開研究発表会」を開いて研究の成果を報告するが,多くの場合,それを授業に具体化して公開授業を行う。また,「中教研」「高教研」と略される中学や高校の教員研究会のように,地区の教員が教科ごとに集まって行う授業研究会もある。後者の2つは,通常,1時間の授業を見て,そのあとに教科ごとに分科会を開き,受業者と参観者との意見交換を主とする授業研究会を持つ場合が多い。
4. 自己研修
(1) 4技能+教職技能
授業という映画において教師は3つの役を兼ねるのであるから,4技能をいつも磨いておくことはスポーツの選手が自分に必要な基礎体力を維持するために運動を欠かさないのと同じである。しかし,4技能だけでは不十分である。「教職技能」として「発問の技能」(Questioning)も不可欠である。その場合,生徒のレベルに合った英語で問いかける必要がある。そのためには基本的な教室英語や2,000語レベルまでの基本語彙を自由に使いこなせるように例文付きの基本語辞書を絶えず身辺に置いて,いつもひもとくように心がけることである。
(2) 作問技能
最近,公私を問わず,いろいろな機関が「説明責任」(accountability)を問われる時代になっている。それは職業人として自分の仕事に誇りと責任を持つことにほかならない。その一環として,生徒の学力がどの程度伸びているかを内部テスト(学校内で教師が作ったテスト)だけでなく外部テスト(テスト問題を作成・実施し,その結果を分析して本人あるいは学校に送る機関による評価)により測る学校が増えている。一見,望ましい傾向のように思われるが,諸刃の剣となりかねない危険性もある。
外部テストは特定の学校に焦点を当てて作られたものではないから,特定の学校で使用している教科書を必ずしも忠実に反映しているわけではないし,試験を受ける個々の生徒を理解しているわけではない。生徒を客観的によくみているのは教師であり,教えているのも教師であるから,そういう教師の作ったテスト問題が生徒にとって最適の問題にならなければいけない。しかし,実情は必ずしもそのようになっていない。さらに,外部テストに頼りすぎると,教師の作問技能が低下する。これは内部テストである定期試験問題の質の低下につながるから要注意である。
(3) 発問とフィードバック
これまで教師の自己研修というと,海外での英語研修とかマクロな視点からの講話が中心になっている国内の講演会・講習会が主であった。それにはそれなりの目的と意義がある。しかし,もっと授業に直結した技能や知識の演習を増やさないと,実質的な授業力の向上に結びつかない。例えば「発問の技能」や「フィードバックの技能」などは,教師に必要な技能の基本中の基本と言ってよい。また,コンピュータによる教材作り(デジタル・コンテンツ)は,日本の教育現場ではようやく始まったばかりで,まだまだ様々な可能性を持っている。
本書の授業例には多くの教師のお世話になっている。本来なら,ご芳名を列挙してお礼のことばを述べるべきであるが,授業を見て気づいた点を指摘して,その改善策を述べている例もあるので,ご迷惑をおかけすることを懸念して,授業記録には載せず,生徒の氏名はすべて仮名とした。また,授業の一部を変更したケースもある。お世話になった方々のプライバシーに配慮したからであり,ご理解をお願いしたい。日本の英語教育向上のためにご貢献いただいたことに心からの謝辞を申し上げる次第である。
高梨庸雄
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