私たちは日常のコミュニケーションの50%近くの時間を「聞く」ことに使っています。他のスキルと比較してリスニングの場合、どの程度理解できるかは話し相手にほとんど任されています。話が始まるまで、何が、どのように、どれくらいのスピードで話されるか、全くわかりません。このために、リスニングは習得が難しいスキルです。しかし、これ無しでは英語の学習すら成り立たない最も基本的なスキルでもあるのです。 1920年、インドのジャングルで狼に育てられた2人の少女が発見されました。年長のカマラはその後約9年間の成長の過程で、少しずつ人間らしさを取り戻しましたが、言葉はやっと30語ほどしか話すことができませんでした。人間の言葉を聞くことも、人間の言葉で意思疎通をすることもなかったことが、最も人間らしい特徴である言葉の習得にまで大きな影響を及ぼしたのです。私たちは、読むことによってよりも聞くことによって圧倒的により多くのインプットを得ています。英語の学習にリスニングがどれほど重要であるかがわかります。 S. Krashen(1982)はインプット仮説を提唱し、生徒の現在の能力よりも少し高いレベルの多量のインプットを理解させることが言語習得に有益であると提唱しました。さらに、このような理解可能なインプットさえ十分にあれば、言語は自然に習得されるとまで、その重要性を強調しています。この後の研究で、聞くだけでは不十分で、コミュニケーションをとることによって言語が学習されることが明らかにされてきましたが、コミュニケーションにとって、聞くことがどれほど大切かは自明のことでしょう。 まず、リスニング力とはどのようなものかを考えてみましょう。そして、高等学校の教育現場でリスニング力をつけさせるための工夫やリスニング指導のための教材について検討していきたいと思います。 1. リスニング力とは英語のスキルは、能動的な「話すこと」、「書くこと」のスキル、受動的な「聞くこと」、「読むこと」のスキルに二分されてきました。最近では、リスニングも積極的に推測するという非常に能動的なプロセスの継続と捉えられています。リスニング力には、聴取する能力と話し手の意向を理解する能力の両方が含まれ、日本人が苦手とする[l]と[r]の区別は前者に、話者の意図や感情を汲み取ることは後者にかかわっています。 音の聞き取りから意味の理解までを統合したリスニングは、既習のあらゆる言語能力を統合的に活用し、文脈や背景知識、そのほかの視覚情報などを駆使して行われます。聞き取れた音を単語、語句、文、パラグラフと積み上げるボトム・アップ処理と、既に自分が持っている情報をフル活用して意味あるものとして理解するトップ・ダウン処理の両方をうまく組み合わせて行うことが必要です。 ここで、私たちの母語である日本語のことを考えてみましょう。多くの「聞く」言語活動は、友達と話す、買い物をする、情報を得る、交渉をする、などの相互交渉の中で行われています。一方通行の聞く活動も最近は急激に増え、ラジオ、テレビ、ビデオ、DVD、映画など、さまざまな機会があります。さて、私たちは日常、相手の意図を理解するために、発話に用いられた音をすべてひとつひとつ聞きとっているでしょうか。音楽を聞きながら勉強していても、歌詞はあまり聞いていません。パーティーなどで自分の名前が囁かれると、他の人と話している最中でもそちらの話に耳をそばだてます。このように聞き手は自分に必要な情報を選択して聞いているのです。聞こえていても、聞かないこともできます。しかし、聞こうとしなければ何も聞けないのです。 高等学校の学習指導要領では、英語Tの言語活動の内容として「英語を聞いて、情報や話し手の意向などを理解したり、概要や要点をとらえたりする」と記されています。積極的に理解しようと工夫をして聞く態度をもつことが重要だとしています。自分の思いを大きな氷山に例えると、聞き手に、時にはジェスチャーも交えて、音声として伝えることができるのは、それこそ氷山の一角に過ぎません。外国語で聞く場合にも、海上に見える氷を聞き取り理解することに加えて、海面下に隠された90%以上もの氷を積極的に捉えようと工夫して聞く態度が重要です。 |
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