英語教育リレーコラム

語彙指導 「絵本の読み聞かせによる小学生への語彙指導 〜中学校英語への豊かな素地づくりを目指して〜」

椎名紀久子(千葉大学)

1.はじめに

 平成20年3月に新しい『学習指導要領』が告示され,小学校5・6年生の「外国語活動」が必修化されました。「総合的な学習の時間」では「国際理解に関する学習の一環」として「外国語会話等(英語活動)」があったのに対し,必修化された「外国語活動」では,外国語で「コミュニケーション能力の素地を養う」ことが目標として明記されています。そして8月に発表された『小学校学習指導要領解説 外国語活動編』(以下,『解説』)を読むと,この「外国語活動」は,「中・高等学校の外国語科で目指すコミュニケーション能力を支えるものであり,中学校における外国語科への円滑な移行を図る観点から,目標として明示した」と解説されています(太字:筆者)。つまり,小学校の外国語活動は,小学校・中学校・高校を通して一貫性のある外国語教育の重要なスタート地点として位置づけられているのです。新学習指導要領では外国語は原則として英語を指すとしているので,これ以降,英語教育の観点から話を進めたいと思います。
 

2.豊富な語彙による中学校英語への「素地づくり」

 小中高さらには大学や社会でも通用するような一貫性のあるコミュニケーション能力の養成を考える時,その重要な要になるのが語彙力です。なぜなら「語彙」があればそれを使って「考える」ことができ,「考える力」があるから聞いたり読んだりした内容が「理解」でき,それが次の「新しい知識の吸収」を助けて,ますます語彙の数が増えていくからです。いわゆる語彙力は知識を増やすサイクルの原動力となるのです。語彙力は母語だけでなく外国語の学習においても重要な役割を果たすことが多くの研究によって裏付けられています。

 では英語による「コミュニケーション能力の素地」とは何でしょうか。『解説』では次のように説明されています。

「コミュニケーション能力の素地」とは,小学校段階で外国語活動を通して養われる,言語や文化に対する体験的な理解,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度,外国語の音声や基本的な表現への慣れ親しみを指したものである。

そのキーワードは次のとおりです(『解説』より)。

言語,文化,体験的,積極的,態度,音声,基本的な表現,慣れ親しみ

外国語を聞いたり話したり(する)
外国語の音声やリズムなどに慣れ親しむ
日本語との違いを知る
ことばの面白さ・豊かさに気付く
日本と外国との生活・習慣・行事などの違いを知る
多様なものの見方や考え方があることに気付く

3.英語の絵本を使った外国語活動

 現在,これらのキーワードはゲーム・歌・チャンツなど様々な活動を通して実現されていますが,歌う,歌に合わせて踊る,大きな声で先生のあとについて発音する,決まり文句を暗記してゲームをするなど,いずれも発信することを急がせる動的な活動が多く,じっくりと人の話を聞いて英語の「ことば」や「文化」について考えさせたり気付かせたりする活動が少ないようです。

 では,英語の音声やリズムに慣れ親しませつつ,じっくりと外国の生活・習慣・行事・考え方に気付かせ,考えさせ,その結果,英語の語彙をも増やせる楽しい外国語活動とはどのようなものでしょうか。ここではそのひとつの方法として,外国の子どもたちが幼い頃から家庭や学校などで,「読み聞かせを通して慣れ親しんできた絵本」を使った外国語活動をご紹介します。幼児・児童期に同じ絵本を読んで感動したり楽しんだりした体験を共有することの素晴らしさは,異なることばの面白さ・豊かさへの気付きを促すだけでなく,外国の生活・習慣・行事を知るうえで,とても価値のあることだと思います。絵本は,言語・文化に関する知識を得つつ,同時に豊かな情操を養育するための宝庫だと言えましょう。日常的に読み聞かせに使われる海外(アメリカやイギリス)の絵本の多くは,紙の材質はあまりよくないのですが安価なことが多く,アマゾンなどから中古の絵本を入手することもできます。なかにはビッグブックとして拡大版になっているものもあります。ここでは児童が身近な生活場面でいかにも経験しそうな話題を楽しく扱っているアメリカの絵本作家Mercer Mayer によるJust for Youという絵本を例にして,絵本の活用法を説明しましょう。


ボストン大学にある書店の絵本コーナー
(Barnes & Noble at Boston University)

多くの本屋の絵本コーナーには,子どもが絵本になじめるように,おもちゃなどの遊び道具が一緒に置かれ,まるで子ども部屋のような楽しい雰囲気作りが行われている。

 

4.絵本Just for Youを使った活動例

 Just for Youには,おちゃめな主人公(Little Critter)が台所,風呂場,居間,寝室,庭などで,料理,床掃除,皿洗いなどをしてお母さんの手伝いをするシーンが全部で11シーン(24ページ)あり,見開きの2ページにひとつのシーンがイラストで描かれています。1シーンあたり16語程度の英文からなり,シーンごとに話が完結しています。

 主人公は一生懸命,でも時々遊びながらお母さんを手伝うのですが失敗してしまうことが多く,いつもその言い訳をします。それが読者を思わず笑わせてしまう簡単な表現で綴られています。例えば朝食に目玉焼きを作るのですが,フライパンから玉子がつるりと床に落ちてしまいます。This morning, I wanted to make breakfast just for you...but the eggs were too slippery. (おかあさんのために朝食を作ろうと思ったんだ。けど失敗しちゃった。だって玉子がつるつるしてるんだもの)といったように,すべてのシーンで,日常の動作が現在形,過去形も含めて簡単な動詞(make, wash, put, carry, broke, ate, take, mow, picked, got, set, splash, do, did)で表現され,失敗の理由は描写豊かな形容詞(slippery, bubbly, wet, bouncy, little, hungry, loud)で適確に表現されています。各シーンに, I wanted to ... but ... was (were) too.... という同じ表現が繰り返し出てくるので,物語全体がリズミカルに進行し,英語特有のリズムやイントネーションへの気付きも促しやすくなっています。読み聞かせの前後の活動として,ゲーム,グループワーク,ペアワーク,スキットなどの活動がしやすいのも特長です。

Step 1:プレアクティビティ
 物語の「読み聞かせ」をする前に,英語の絵辞典などを使って,各シーンに登場する場面や事物の単語(ここでは台所,フライパン,玉子,目玉焼きなど)をイラスト・写真とともに英語の音声で紹介し,つぎに英語の絵カードを使ってカルタ取りゲームをして,単語の音声と意味を「聞いてわかる程度」に準備しておくと,物語の内容がよりわかりやすくなります。

Step 2:物語の読み聞かせ
 絵本を開き,子どもたちにイラストを指し示しながら11のシーンを感情たっぷりにゆっくりと,しかしリズミカルに読み聞かせをします。この時に英語特有の発音,リズム,イントネーションへの気付きを促すことを意識して読み聞かせをしましょう。できればALTや英語の堪能な人に録音してもらった音声に合わせて担任が絵本のイラストを指し示し,児童の反応を確かめながら一緒に楽しむとより効果的です。

Step 3:物語(1シーン)と語彙の説明
 理解を深めるためのシーンをひとつかふたつ教師が選ぶか,または児童に選ばせて,イラストや内容の説明をします。はじめに,指導するシーンを自然なスピードで読み聞かせ,次にもう一回,今度はチャンクの単位( / )を少し意識しながら,太字で示したポイントとなる語や表現をやや引き伸ばすようにゆっくりと発音しましょう。This morning, / I wanted to make breakfast / just for you.../ but the eggs / were too slippery. すると太字の部分が浮き立って聞こえ,全体にリズム感が出てきます。読み終わったら,See, he is making breakfast. Do you eat eggs for breakfast? などと質問し,breakfastという表現の意味を理解しているかどうか確認しましょう。

 次に,Now, he is making breakfast. What do you see in the picture? と質問します。すでに子どもたちはカルタゲームなどで玉子やフライパンなどの英語表現を知っているので,Egg! Frying pan! などと答えるでしょう。そうしたらしめたものです。担任は,Yes, eggs. とか,Right! This is a frying pan. Very good.などと英語で受け止め,大いに褒めてあげることが大切です。「フライパン」と発音する児童がいるかもしれません。そのような時は否定せずに,It’s a frying pan.と言ってingの部分をやや強調しながら発音し,日本語との違いに気付かせるようにしましょう。

 次にOops! What’s happening with the eggs?(目玉焼きはどうなっちゃった?)などと,できれば英語で質問しましょう。「あっ,目玉焼きが床に落っこっちゃってるよ!」などと子どもたちが反応したら,「そうだね,玉子がフライパンから『つるり』と落ちてしまいましたね」。「玉子ってつるつるしているからね。」などと受け止めたあと,絵本のイラストを示しながら,Yes, Eggs are so slippery. This egg is sliding. This egg has fallen on the floor. などと言いながら,slippery, sliding, 余裕があればfallen という表現をやや強調して発音しながら紹介しましょう。決して文法的な説明はせずに,玉子がつるりとすべったり(現在進行形),床に落ちてしまったりする様子(現在完了形)を,イラストと音声を通してなんとなく気付かせられれば良いのです。聞いてすべてを理解できることを期待せずに,時には日本語も交えて説明してもかまいません。slipperyは,バナナの皮や氷のキューブなどを使って実際に目や体で体験すると,意味の理解が一層深まり,定着力と応用力も高まります。

Step 4:物語の読み聞かせ
 最後にもう一度,学習した物語のシーンを,イントネーションやリズム,発音に注意しながら「読み聞かせ」しましょう。この時点で,子どもたちはすでに英語の音を聞きながら内容も理解しているはずです。そこで,This morning, I wanted to make breakfast just for you...but the eggs were too ... と言って,わざとslipperyの部分を言わずに待ってみましょう。子どもたちが思わずslipperyと言ってくれたら大成功です。そのほかにも,breakfast,you,eggsなどの単語についても同様に,クイズのような感じで試してみてください。子どもたちが耳を傾け,自分で考え,自発的に参加するようにしむけることが大切です。

Step 5:フォローアップ・アクティビティ
  教材として使用した物語のシーンを実際に再現してみましょう。例えば,先生の物語の読みに合わせて,学習したシーン(フライパンから玉子がつるりとすべる様子)を実際に体験させるのもよいでしょう。いくつかのシーンを上記の方法で学習したあと,各シーンでキーとなっていた名詞,動詞,形容詞(ここでは,eggs, frying pan, make breakfast, slippery)を先生が発音し,該当するシーンを絵本の11シーンから選ばせたり,シーンの一部を絵カルタにして選ばせたりするとよいでしょう。このようにして,少しでも聞き取れた単語や表現を手がかりにして,「聞いて理解する」,「聞いて考える」,「理解して体験に結びつける」ようなアクティビティを行い,さらには,「子どもたちが思わず口にする英語表現は大切に受け止めて褒める」ようにしてください。このような経験を積み重ねていくことにより,着実に英語の音声に対する理解が深まり,自信もついて,中学・高校などでも応用しうるリスニング力への素地作りをすることができます。

5.最後に

 簡単な日常語彙や表現(oral language)を聞いて理解でき,ある程度発音もできるようにしておくことが,いずれ学ぶことになる読み書きの力への重要な素地となります。この素地なくして,書きことば(written form)にはスムーズに移行できません。この素地作りをするのが小学校英語の重要な役割なのです。

 Little Critterが登場する絵本はほかにもたくさんあります。このシリーズのほかにもEric Carle の絵本(例The Very Hungry Caterpillar), Margaret Wise BrownのGoodnight Moon,Sam McBratney and Anita Jeram のGuess How Much I Love You , H. A. ReyのCurious George のシリーズなどは,英語圏の子どもたちであれば必ずと言ってよいほど,「読み聞かせ」を通して親しんでいる絵本です。子どもたちの日常生活に根ざした話題を多く含む楽しい絵本を取り上げて,今後も「読み聞かせ」とそれに伴うアクティビティを工夫していきたいと思います。


参考・引用
Mayer, Mercer. Just for You. NY: Golden Press, 1975.

椎名 紀久子(しいな きくこ)
 千葉大学言語教育センター/人文社会科学研究科教授。中学校英語検定教科書『NEW CROWN ENGLISH SERIES』(共著・三省堂)編集委員。日本児童英語教育学会,小学校英語教育学会,大学英語教育学会等の会員。大学入試センターの各種委員,千葉県SELHi等の運営指導委員会委員長(千葉県成田国際高等学校:平成14年4月〜平成20年3月)。千葉県小中連携の英語教育推進委員会(GEL)座長(平成14年7月〜平成20年3月),文部科学省SELHi企画評価会議協力者(平成15年4月〜現在)を歴任。
 現在,科学研究費補助金・基盤研究(B)により「国際ネットワークを重視した小中高一貫英語教育システムの構築 ―国語力強化と連携して」(平成16〜19年度・代表者),「英語の批判的読解力と論理的発表力の育成−小中高大における系統的母語指導と連携して」(平成20〜23年度・代表者)について研究中。最新の論文に「特区における英語教育の実態調査の結果の分析」(冨田,椎名,白畑,高橋,2008)『日本児童英語教育学会研究紀要』No27,pp1-24. がある。

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英語教育リレーコラム第15回
語彙指導

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