はじめに
筆者は一昨年、昨年、今年と連続して3年間、中学1年生の授業を担当するという幸運に恵まれた。最初の年は、小学校で英語学習が始まった最初の学年でもあり、それまでと同じ入門期の指導で大丈夫だろうかという不安があったが、特に生徒が退屈そうにしている様子もなく、大きな問題はなかったようだ。2年目も、1年目と同様に不安を持ってのスタートではあったが、スムーズに流れたように思う。
今年3年目を迎え、気づいたことがある。小学校で英語学習をしてきた生徒は、4月、5月と表情に余裕が見られる。しかし6月以降になり、言語材料も蓄積されてくると、余裕の表情も薄れ、中学校に入ってから本格的に英語学習をスタートした生徒たち(こういう生徒は少数なのだが)と変わらないようになる。小学校での英語学習が、現状のように年間十数時間程度であれば、中学校入門期段階で表情に余裕があっても、その後の学習には大きな変化は見られないというのが、この3年間中学1年生を担当してきた私の実感である。
小学校で英語学習をしてきてよかったと思うこと
今年入学してきた1年生を対象に、「小学校で英語学習をしてきて、中学校での英語学習に役立ったことやよかったと思うこと」についてのアンケートを9月に行ったところ、以下の結果を得た。
- 不安が少なくてすんだ。(多数)
- 会話を聞いたときに、知っている単語がありうれしかった。
- アルファベット、単語、発音、あいさつの仕方が役立ったと思う(中学校の予習になった)。
- 先生の言っていることがわかる。
- 小学校の英語の教科書で簡単な単語を知っていた。
- 自己紹介をやっていたので、その点は楽に学習を進められた。
- マジックeなどの特別な単語の読み方がすぐに頭に入り、よかった。
- 塾などで文法をあらかじめ学習していたので、中学の英語学習で比較的余裕があった。
- 特にない。(少数)
- (小学校で)やった英語を覚えていない。(少数)
同じ小学校の出身者であっても、答え方に大きな差が見られ、一定していないように思われる。これは小学校での英語学習の時間数が少ないことも影響し、中学校の英語学習に役立ったか否かというところまで意識に上っていないことによるのかもしれない。
現状の小学校の英語教育への提言
多くの小学校では、中学校に比べ時数がはるかに少ない環境で英語学習を行っている。あれもこれも盛り込もうとすれば、教える側にもまた学ぶ側にも負担が大きくなる。限られた時間の中で無理をすると、英語の授業は何となく気が重いといった感じを持ったまま中学校に入学してくる生徒がいないとも限らない。年間十数時間程度という時数を考えれば、あまり欲張らず、以下のような指導を行い中学校へ送りだしてはいかがだろうか。
第1段階として、たっぷりと英語の音に触れ、身の回りの物の名称が「英語を聞いて自然にわかるようになる」ことを目指してはどうであろうか。そのためには、ゲーム的な手法を用いて飽きさせない工夫も必要になるだろう。
第2段階として、身の回りの物の名称を「英語で言える」ようになることを目指してはどうであろうか。また、中学1年生は一般的に、声を出し、体を動かしながら英語を学ぶのが好きである。スキットなどはその好例である。小学校ではスキットまでとはいかなくとも、声を出して英語を言うのが何となく楽しいと思える、そんな英語学習が行えたらいいと思う。
小学校での第1段階、第2段階の指導を受けて、中学校では身の回りにある物の名称を「英語で書ける」ようになる指導を始めていきたいと思う。そのためには、alphabetを覚えて書く練習をするなど、つづりの学習を始めることになる。
これからの小学校の英語教育への期待
小学校の英語教育の現状が改善され、いくつかの条件が整えば、多くのことを期待することができるのではないかと思われる。例えば、中学校の検定教科書では1年生の3学期に過去形を学習することになっている。過去形を学習すると、日記も書けるし、中学生の知的レベルに沿って表現の幅がぐっと広がってくる。もし、小学校で過去形の前までの学習が済んでいて、中学校に入学してまもなく過去形が導入される状況ともなれば、中学生の表現の幅を今以上に広げることができると思われる。当然、未来表現の学習も早まる。
この話を夢物語としないために、いくつかの条件整備が必要となる。例えば、以下のようなことである。
- 小学校での英語の時数が確保され、カリキュラム内容が整備されること。
- 地域差のない均一な小学校の英語教育プログラムが提供されること。
- 充実した教材が準備され、提供される環境が整うこと。
- 英語教育について豊富な経験を持った教師や専門的な知識を持った英語教師が育成され、各小学校で確保されること。
以上の問題点がひとつずつ解決されれば、小学校の英語教育の影響力はたいへん大きいことと思う。もちろん、現在中学校で抱えている英語嫌いなどの問題が小学校で生じてくることも予測される。それらの負の側面についての対応も今後、考慮する必要があろう。本格的な取り組みを進めなければ、成果が見えにくい現状からいつまでも抜け出せないことも確かなことである。
おわりに
小学校での英語学習が、地域によってまた学校によって大きく温度差がある現状では、中学校の入門期の英語学習は生徒の足並みをそろえるための期間でもある。小学校では力まず、また、中学校の入門期においては、生徒の実態を捉えた上での指導が今後とも必要に思われる。
将来の小学校での本格的な英語教育にむけて、条件整備のために日々努力している同僚たちの夢がかなうことも大いに期待して、本稿を閉じたいと思う。
参考資料:入門期の授業プラン
この3年間私が指導してきた入門期の授業プラン【*1】を、参考までにご紹介したい。Greeting、Alphabet、PicturesそしてSkitを組み合わせて授業を組むと変化が生まれ、生徒は飽きることなく楽しく授業に取り組めたように思う。
[1時間目]
- Greeting
英語のあいさつを練習後、文字をOHPで投影する。
- Alphabetの読み方
capital letters、 small lettersの読み方の練習。文字をOHPで投影するとよい。ABC songを歌う。
[2時間目]
- Alphabetの書き方(capital letters)
OHPを利用し、教師が実際に文字を書くところを生徒に見せる。その後生徒は教師にならってpenmanshipに文字を書く。
- Picture lesson
身の回りの物を表す絵を見て、物の名称(約120語)を教師の後について言う練習。
- Watching a video
Greetingの場面のスキットを見る。
[3時間目]
- Alphabetの書き方(small letters)
capital lettersと同じ要領で行う。
- Picture lesson(2時間目の続き)
- Card game(カルタ)
教師の読み上げる英語に合う絵カードを生徒が取る。最初はindividual work、次にpair workで競争させる。
- Watching a video
2時間目と同じスキットを見る。
[4時間目]
- 入門Bingo
まず、単語の代わりに文字を用いてBingoを行う。3×3のマスの中に文字を1つずつ書かせる(penmanshipのように4本線を引いておくとよい)。capital
letters、small lettersでそれぞれ2回程度行う。慣れてきたら、Picture lessonで扱った語を用いて通常のBingoを行う。
- Card game(カルタ)
3時間目より教師の読み上げる速度を速くし、pair workで競争させる。
- Watching a video
2時間目と同じスキットを見る。
[5時間目]
- Bingo
Picture lessonで扱った語を用いてBingoを行う。
- Play acting
友達同士ペアになり、Greetingをact outする。VTRに録画する。
6時間目からは、教科書を用いた授業を行い、Lesson 1の本課本文に入る。
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注
*1. 日臺滋之(2003)「どうやって英語に「入門」させるか」『英語教育』4月号、pp. 25-27. 大修館書店
日臺 滋之
(ひだい しげゆき)
長野県、東京都の公立中学校教諭を経て、現在東京学芸大学附属世田谷中学校教諭。文部科学省検定済教科書『NEW
CROWN ENGLISH SERIES』(三省堂)編集委員。主な著書に『ウイズダム英和辞典』(三省堂、共同執筆・校閲)、『英語力はどのように伸びてゆくか』(大修館書店、共著)、『コーパスからはじめる単語使いこなし英会話』(旺文社、共著)などがある。
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