近年ますます異文化理解教育の重要性が増してきましたが,異文化理解の基本的な考え方は,自分の国や地域,つまり「自民族」の歴史や文化を正しく認識した上で,「異民族」の歴史や文化を学び,お互いに理解し合うことにあると思います。また,お互いの言語やその歴史を理解することで,更に深く理解し合うことができるでしょう。なぜなら言語は民族の文化そのものだからです。 さて,教科書の中にも異文化理解のための題材が多く取り上げられています。異文化理解教育を進めるためには先に述べたように「自文化」を正しく理解することが不可欠であり,そのために日本の伝統文化理解のための題材も多くなりました。NEW CROWNを例にとると,けん玉,落語,寿司,花見やお盆の季節の行事など,いろいろと紹介されています。これらの伝統文化をきちんと理解して外国人に英語でどう伝えるか,というのも大きな課題の一つです。 さて,今回はNEW CROWN BOOK 1,LESSON 6,My Family in the UK を例にとって異文化理解についての題材にどう切り込んでいくかについて考察したいと思います。ここではまずGETのPart 1からEnglandとScotlandの地名が本文に出てきます。生徒はロンドンオリンピックが終わったばかりなのでイギリスという国については関心があると思われますが,大切なことは単にイギリスと言っても国としての構成はそれほど単純なものではないと認識させることです。指導書にも明記されていますが,イギリスまたは英国の正式名称は “The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland” (グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)です。すなわちイングランド,スコットランド,ウェールズ,北アイルランドの4つの地域が英国を構成しているわけです。これらの4つの地域はそれぞれ異なった歴史と伝統文化を持っているのでそれを「英国という国は……」のように十把一絡げにして語ることは厳密にはできないのです。実際そのような言い方に英国の人びとはかなり抵抗があるようです。 この4つの地域の個性の強さと誇りを表すと思われるエピソードがあります。小生の知り合いが英国人(ウェールズ出身)と結婚しロンドン郊外に住んでいるのですが,今年のテニスの4大大会やロンドンオリンピックでイギリス人のアンディ・マリー選手が大活躍したとき,彼女の夫は英国人なのでマリー選手を応援するものと思っていたそうです。ところがウェールズ出身の彼はマリー選手を応援しなかったのです。理由はマリー選手がScottishだからなのです。自文化への愛着と誇り,他の地域への対抗意識が強く感じられますね。もちろんすべてのWelsh がそうだとは思いませんが,イギリス人の地域ごとの誇りの一端を表しているといえるでしょう。 このようなエピソードを材料にして英国の一端を知り,さらに教師の指導で生徒に自主的に英国について調べ,グループなどで発表すればかなり理解が深まると思います。該当レッスンは1年生ですから発表は日本語を交えてもいいでしょう。また教科書にでているように,スコットランドは楽器のバグパイプで有名ですね。バグパイプの歴史や実際の演奏を見せたり,また我々にも親しいスコットランド民謡などを聞かせたりと,生徒の興味や関心をそそる材料は沢山ありますね。このような小さな情報の積み重ねがやがて異文化理解に通じるのだと思います。 次に2年生の題材を見てみましょう。LESSON 1 “Aloha” は,ハワイに関心をもちハワイの伝統文化を学び,それについて考える課です。ハワイと言えば,毎年100万人以上の日本人が訪れているにもかかわらず,「常夏のハワイ」など観光のイメージくらいしかありませんね。しかし,ハワイは長い歴史を持ち,アメリカの50番目の州になるには相当の紆余曲折がありました。その歴史や伝統文化を学び,ハワイのことばを理解することは,すなわちハワイ語や他国からの移民を受け入れたハワイの多様な社会に生きる人びとのアイデンティティを尊重する態度を養うことになるわけです。LESSON 1 のGETの本文は,5行,6文だけですが,この中に出てくる “aloha shirt” は,説明すればかなりの時間が必要でしょう。例えばaloha の意味(「こんにちは」「さようなら」「愛」)やハワイ語への文字の導入などからハワイの歴史が分かってきます。そしていわゆるアロハシャツは,日本人にはカジュアルなシャツとしておなじみですが,ハワイでは民族衣装であると同時に式典や冠婚葬祭のときの正装にもなっています。女性はムームーというワンピース型のドレスが正装とされ,どちらもハワイの伝統文化に深く関わっています。 また2年生の教科書では,LESSON 6の“Uluru”がオーストラリアの歴史や伝統文化を学ぶ課になっています。さらに3年生では LESSON 5で日本,中国,モンゴルのそれぞれの家から歴史や伝統文化を学び取ることができます。 以上述べてきたように,異文化理解の目的は,単に見聞を広め知識を豊富にすることではないのです。異文化を持つ異民族と関わり合うことによって,異文化と自文化の双方がよく見えるようになり,やがてそれぞれの文化の独自性を認め理解し合い,互いに尊敬の念が芽生えてくるようになることがその真の目的だと思います。生徒がこれらの課を学ぶにあたり,教師の指導を通じて異文化を尊重し,ひいては他人を尊敬する気持ちが少しでも持てるようになれば教師としてこれ以上の喜びはないと思います。先生方,頑張ってください。 後関 正明 (ごせき まさあき) 先生
東京都墨田区立中学校で教諭,校長を長年務める。その後,東京都滝野川女子学園中・高校で教鞭をとる。現在,NPO法人「ILEC言語教育文化研究所」常務理事。2003年より國學院大学で教職課程履修の学生を教えている。 ご質問がございましたらニュークラウン指導相談ダイヤル(03-3230-9235 受付時間 月・火・木曜日 10:00 〜 16:00)へどうぞ。 メールの場合は「問い合わせフォーム」へ |
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