三省堂高校英語教育 2006年夏号
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連載コラム シドニー便り 1「「多文化主義」の名の下で」 田嶋美砂子 

 シドニー中心部からバスで西に向かうこと、約15分。ノートンストリートで降りると、Little Italy と称される街、ライカートに到着する。イタリア系移民が数多く住むこの街では、イタリアンレストラン、イタリアンカフェ、そして、ジェラート専門店が軒を連ねる。店の看板は写真のように、restaurantの代わりにristoranteを使用するなど、しばしばイタリア語表記が見られる。実際に耳に入ってくる人々の話し声も、英語に加え、イタリア語が多い。シドニーには、ライカート以外にも出身地ごとにそれぞれの民族が集う地域がある。これはオーストラリア政府が積極的に移民を受け入れてきた歴史に起因している。

 Department of Immigration and Multicultural Affairs(移民・多文化関係省)の統計によると、現在の全人口約2,000万人のうち、オーストラリア国内で出生した人の割合は約75%、残りの約25%は国外で出生後、何らかの形で移住してきた人々であるという。出身地の上位2ヶ国はニュージーランドと英国だが、全体的な割合では非英語圏からが多数を占めている。そのため、オーストラリアでは、英語を母語としない移民のための英語教育、Adult Migrant English Program(AMEP)の提供が盛んである。また、それを受講することは移民の「権利」であるとして、AMEPの大部分は無料となっている(2004年から2005年にかけて、AMEPに投じた政府予算は1億3,740万豪ドルであった)。

 AMEPの開始は1948年と、その歴史は古い。第2次世界大戦直後、英国以外のヨーロッパ諸国に移民を広く募ったことがきっかけである。その後、オーストラリアがアジア・太平洋国家化を目指し、アジアからの移民をより意欲的に受け入れた結果、現在では移民全体の40%近くをアジア系が占めるようになった。AMEPの受講者の中にも、母語でローマ字を使用しない人々が増えたため、それに応じた指導法について議論されるなど、第2言語としての英語教育の研究はさらに進められている。

 しかし、移民の多くは社会的・経済的階級構造の底辺を支える低賃金労働者としての境遇を永久に抜け出せないでいるとの厳しい指摘がある。AMEPが移民の英語力を育成する重要な役割を担う一方で、実は民族間不平等の再生産にも結果的には手を貸しているのではないかとの批判であり、また、それはliteracy を研究する学者たちの自己内省でもある。1970年代初頭に「白豪主義」は完全撤廃されたが、現在は「多文化主義」の名の下で、新たな問題が生じている。


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