はしがき
ひとくちに英語教材といっても,様々である。文字媒体によるものの代表は教科書ということになるが,そのほかにも問題集や参考書,資料集など幅広い。これらのものは授業や学習を明確に意識して編修されているが,このような教材の他に,英字新聞,英語雑誌,パンフレットなど,本来は教授目的で作成されたものでないものが,授業場面で「教材」に「加工」されて使われることもある。一方,音声による教材としては,伝統的に広く用いられているのが発音や読みの練習に用いる教材であり,録音された音声モデルに従って発音練習や読み方の練習をする生徒の姿は教室の日常の風景でもある。また,現在ではリスニングを指導するための音声教材も広く用いられており,実際に放送されるニュースやアナウンスが教材として教室内で用いられることもある。さらに,音声と映像とが一体となった視聴覚教材として,ビデオ教材もある。教育機器の普及とともにこれらの教材の利用可能性が高まり,教育効果を上げている。
本論の主題は,これらの多様な教材の中でも特に検定教科書を中心とした教科書の教材である。教科書は,本来は教科指導を支える図書であり,教科指導は「教科書で教える」ことが本来の姿であるとされる。その一方で,現実には「教科書を教える」指導も多い。教科書が学習指導を意識して丁寧に作成されたものであれば,それに従って教えることで指導上の負担は軽減され,いきおい教員は教科書を拠りどころとして教えることになりがちである。また,教科書がコースブックとして体系的に編集されていれば,それに従って学習指導を行うことで,指導の体系化を図ることもできる。学習指導を支えるよりよい教科書を作成したいと思う教科書著者・編集者の思いが,教科書に依存した学習指導を生むことにもなるというパラドックスが生まれる所以である。教科書を用いて学習指導を行う教員としては,教科書が提供している学習指導の体系性を大切にしつつ,教科書との間に適切な距離感を保ちながら,自らの指導計画を立案したり学習指導のあり方を工夫するよう心がけたいものである。そのことが,教員が主体的に教科書を活用し,創造的に学習指導に生かすことにもつながるのではないかと思う。
理想とされる教科書とは,教員の指導力を最大限引き出しつつも,教員の指導力に大きく左右されることなく一定の教育成果を保証するようなものということになるのであろう。しかし,そのような理想に近づくのは容易なことではない。教員の指導力を引き出すには,教材は学習指導の方向性を示すことに止め,あとは教員の独創性や工夫に任せるという編集方針が必要であろう。一方,一定の教育成果を保証するには,教材にはそれを丹念にこなすことで生徒に一定の学力が育成されることが求められる。このような教材は,一般的にはよく作り込まれた教材ということになり,教員が独自性を発揮して様々な工夫を凝らすことは期待していないかに見える。理想の教科書というものも,詰まるところ教員の指導力という変数によって,その姿を変えることになるのである。
本書では,主に検定教科書を主題としつつ,教科書に関連した行政の仕組み,教科指導の内容と教科書の関係,英語指導における教材の役割,教科書の選定とその活用などを主なテーマにしている。これによって,実際に英語指導にあたられる先生方がご自身の学習指導と教科書との関係を改めて考える一助となれば幸いである。


目次
第1章 教科の指導内容を決める諸要因
1-1 学習指導要領
1-1-1 学習指導要領とは
1-1-2 学習指導要領の歴史
1-1-3 学習指導要領の改訂と英語教育の改善
1-2 学校による教育課程の編成と指導計画の作成
1-2-1 教育課程
1-2-2 指導計画
1-2-3 教育課程の編成及び指導計画の作成における教員の役割
1-3 文部科学省検定教科書
1-3-1 検定教科書の特質
1-3-2 検定教科書の編集環境
1-4 学習指導要領,教育課程と指導計画及び検定教科書の相互の関連
1-4-1 学習指導要領と教育課程の編成及び指導計画の作成
1-4-2 学習指導要領と検定教科書
1-4-3 検定教科書と指導計画の作成
第2章 教科書の検定制度と採択及び供給制度
2-1 検定制度
2-1-1 検定制度の趣旨
2-1-2 検定基準
2-1-3 検定基準と教科書編集
2-2 教科書検定の実際
2-2-1 検定過程
2-2-2 検定申請
2-2-3 教科用図書検定調査審議会
2-2-4 教科書調査官
2-2-5 専門委員
2-2-6 検定済教科用図書の改訂と訂正申請
2-3 教科書の採択及び供給制度
2-3-1 採択権限
2-3-2 中学校教科書の採択制度
2-3-3 高等学校教科書の採択
2-3-4 教科書の供給制度
2-3-5 採択制度と英語教科書
第3章 英語の学習指導と教科書・教材
3-1 教科書観
3-1-1 教材とは
3-1-2 「教授目的の英語」と「本物の英語」
3-1-3 学習指導と教科書観
3-1-4 「教授材」としての教科書と「学習材」としての教科書
3-2 教材の分類
3-2-1 指導上の位置づけによる分類
3-2-2 媒体による分類
3-2-3 伝統的な教科書とコミュニカティブな教科書
3-3 教科書の様々な役割
3-3-1 コースブックとしての教科書の役割
3-3-2 シラバスとしての教科書
3-3-3 エイジェントとしての教科書
第4章 英語検定教科書の諸教材
4-1 学習指導要領の教材観
4-1-1 教材を構成する要素
4-1-2 英語教科書の多様な教材
4-1-3 教材についての学習指導要領の規定
4-2 言語材料
4-2-1 言語材料とは
4-2-2 言語材料についての学習指導要領の規定
4-2-3 言語材料と学習指導
4-3 言語活動
4-3-1 言語活動とは
4-3-2 授業で行われる諸活動
4-3-3 言語活動についての学習指導要領の規定
4-3-4 言語活動と学習指導
4-4 題材
4-4-1 題材とは
4-4-2 題材についての学習指導要領の規定
4-4-3 題材と学習指導
4-5 投げ込み教材
4-5-1 「投げ込み教材」とは
4-5-2 「投げ込み教材」と学習指導
第5章 英語検定教科書の評価と選択
5-1 教科書の外的評価
5-1-1 教科書の体様の評価
5-2 教科書の内的評価
5-2-1 教材の分析・評価
5-2-2 教材の分析・評価のためのチェックリスト
5-3 教科書の選択
5-3-1 指導計画に基づく教科書の選択
5-3-2 教科書の選択過程
5-3-3 教科書の選択基準
5-4 使用後の教科書評価
5-4-1 指導効果に基づく教材評価
第6章 英語検定教科書の活用と教材研究
6-1 教科書の活用
6-1-1 教科書を用いることのメリット
6-1-2 教科書の創造的な活用
6-2 教材研究
6-2-1 教材研究の観点
6-2-2 指導計画の作成と教材研究
6-2-3 授業計画の作成と教材研究
6-2-4 評価計画の作成と教材研究
第7章 教材の最適化
7-1 教材の最適化
7-2 教材の削除,補充,改変
7-2-1 教材の削除
7-2-2 教材の補充
7-2-3 教材の改変
7-3 教材開発
7-3-1 教材開発の観点
7-3-2 教材開発の過程
7-3-3 自主教材の開発事例
7-3-4 教員による教材開発の意義
結び 英語教育の改善に向けて
補遺 小学校英語教育について
資料 1 中学校外国語(英語)学習指導要領 昭和33年−平成20年
2 高等学校外国語学習指導要領 昭和35年−平成21年


著者紹介
小串雅則 (おぐし・まさのり)
神奈川県出身。上智大学外国語学部英語学科卒,上智大学院外国語学研究科国際関係論専攻修士課程修了。神奈川県の高等学校で英語科教諭として奉職した後,1994 年より文部省初等中等教育局教科書調査官。2002 年主任教科書調査官,2003 年視学官を併任。著作として『児童英語キーワードハンドブック』(共著)(ロングマン),『PICOLA デジタル版英語科教育授業実践資料集』(編集代表)(ニチブン)などがある。 |