学校への携帯電話の持ち込み禁止の話題が巷間を賑わせています。持ち込みを禁止しても,子どもたちが携帯電話を活用して生活していくという事実は何も変わりません。このことについての教育の必要性は相変わらず存在します。
携帯電話は,ICT(情報コミュニケーション技術)の一つです。パソコンやインターネットもICTです。今や,いずれも生活に根付いています。よりよい生活を送るためにICTを便利に活用することには,誰も異論はないでしょう。注意すべきは,ICTを活用すること自体が目的ではなく,よりよい生活を送ることが目的だということです。つまりICTは手段に過ぎません。
ところが,手段に過ぎないICTの活用をめぐって,今日,子どもたちにさまざまなトラブルが起こっているわけです。その原因は,携帯電話を経由してやってくる「情報」を,子どもたちがしっかりと受け止めきれていないことにあります。
ある怪しげな情報があったとき,私たち大人がそれを疑って見ることができるのは,日々の生活で獲得したさまざまな常識から情報を読み解く力が備わっているからです。子どもたちに,情報を読み解く力を身につけさせる必要があります。
「情報」についての教育というと,すぐにパソコンを考える人がいますが,先にも述べたようにパソコンは手段の一つに過ぎません。インターネットでホームページを見つけても,そこにある情報を読み解く力がなければ,かえって不確かな情報に振り回されてしまう結果になります。
「情報」についての教育の第一歩は図書館です。図書館は昔から良質の情報の宝庫です。図書館をうまく活用することができ,必要な本を探して読むことができるようになり,本に書かれた情報を読み解くことができるようにすることが,「情報」についての教育の初期指導になります。その上で,ICTの活用があります。
考えてみれば,授業というのは,先生が子どもたちに,うまく情報を伝える営みと捉えることもできます。うまく情報を伝えるために,先生は教える工夫をこれまでもたくさん重ねてきたはずです。昨今,先生が授業で実物投影機やパソコンなどをプロジェクタにつなぎ,大きく映して教えることが多く見られます。教科書等を大きく映すことは,子どもたちと情報を共有しやすいということであり,先生から見れば教えやすく,子どもたちから見ればわかりやすく学べるということでもあります。
ですから,これからの時代の新しい国語教科書は,「情報」という観点からの教材が必要でしょう。その上で,「情報」を核とした教材が,学年段階に応じて系統的・体系的に配置されることが大切になります。また,授業においては,簡便で,使い勝手のよい教科書のデジタル教材の開発も不可欠です。
「情報」についての教育を推進し,手段として有効に「ICT」を活用できるような取り組みが求められています。