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英語教育リレーコラム

新学習指導要領で評価はどうなる? 新中学校生徒指導要録での評価 −3つの課題の解決という視点で−

松沢伸二 (新潟大学)

1.はじめに

 生徒指導要録は国の学力評価計画を示しており,その改訂はPDCAサイクル※1に位置づけられます。現行の生徒指導要録は,「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について(答申)」(平成12年12月)に計画され(Plan),この答申に基づく評価が平成14年4月に始まりました(Do)。その成果は教師と保護者への意識調査や教育団体へのヒアリングで点検されました(Check)。これらを基に平成21年6月から本格的な検討が行われ(Action),その結果が「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)」(平成22年3月,以下「報告」とする)にまとめられました(Plan)。新しい生徒指導要録に基づく中学校英語の評価は,平成24年4月に始まります(Do)。

2.課題の検討

 「報告」によると,現行の評価法については,児童生徒の学力などの伸びがよく分かると感じている教師が増えている一方,評価資料の収集・分析を負担に感じ,評価を授業改善や個に応じた指導の充実につなげにくいと感じている教師や,関心・意欲・態度の評価が円滑に実施できていないと感じている教師がいることがわかりました。また,学級や学年などといった集団の中での位置付けが分からず,入学者選抜に向けて不安を感じている保護者もいるようです。

 これを中学校英語の文脈で捉え直すと,@生徒の指導に活かす評価,A「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」の適切な評価,B観点の評価基準や評定の総括法による公平な入学者選抜の保障,という3つの課題があると言えます。

 筆者は今夏も教員免許状更新講習を担当しました。以下に,受講された先生から,2人の意見を紹介します。Bの「公平な入学者選抜」は,依然として課題が残るようです。

(A先生)
 現行の学習指導要領が出てから,各学校で校内尺度を作った。もちろん国立教育政策研究所の作成した基準を参考にしたり,周りの中学校の先生方と話し合ったりして作った。しかし,学校によって違いが大きすぎる。Aの基準が80%のところもあれば90%のところもある。(中略)以前いた大規模校にはAの生徒はたくさんいたが,今の中規模校には私が見るかぎりAをつけられる生徒はほとんどいない。しかし,実際つけざるを得ない状況にある。

(B先生)
 私は,今現在の評価に関して非常に矛盾を感じている。絶対評価に変わったにもかかわらず,高校入試の時の「評価の妥当性」とかで相対評価にも近い評価をせまられ,しかも学校間での相関性もなく,さじ加減一つで4→5と変わってしまうからだ。

3.改善案の作成

 先の「報告」は,上の3つの課題への対応策を以下のように示しています。

 @の「生徒の指導に活かす評価」については,学校として組織的に評価の実践研究に取り組み,ICTも活用して教師の負担感を軽減する。そのうえで,授業の中で生徒の反応を見ながら学習指導の在り方を見直したり,個に応じた指導を図る時間を設けたりする。

 Aの「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」については,学校教育では自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることが重要であるから,この観点を引き続き評価する。ただし,関心・意欲・態度は必ずしも分かりやすい形で現れないため,評定に反映する際は加点要素に位置づけるといった工夫をする。

 Bの「公平な入学者選抜」を保障する観点の評価基準や評定の総括法については,評価の結果が高校入試で活用される都道府県等の地域ごとに,統一性を保つことを考える。

4.課題解決の実行

 新生徒指導要録での中学校英語の4観点(「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」「外国語表現の能力」「外国語理解の能力」「言語や文化についての知識・理解」)は,現行のものと内容が同じです。新学習指導要領は発信力の育成を重視しましたが,その実現には評価の充実が重要になります。先の「報告」は表現力の評価について,新しく,「各学年単位ではなく長期間を掛けての成長のレベルを幾つか想定して評価規準を設定」する研究を求めました。

 英国,カナダ,オーストラリアなど諸外国の学校外国語教育では,こうした尺度が既に採用されています。例えば英国のナショナル・カリキュラムには,4技能別に9つの成長のレベルが「達成目標」(attainment target)として示されています。そこでは学年を超えた発達的尺度を全国共通に用いて,@の「生徒の指導に活かす評価」と,Bの「公平な入学者選抜」の保障の2つを実現しています。

 残る課題はAの「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」の評価です。関心・意欲・態度は必ずしも分かりやすい形で現れないことから,英国の「達成目標」と同様に,この観点を4技能の発達的尺度に吸収し,そのうえで,改正教育基本法に示された「自ら進んで学習に取り組む意欲」を高めるために,「外国語への関心・意欲・態度」の観点を設定する(下線,筆者)など,今後はこの観点の評価を慎重に進める必要があります。

5.おわりに

 先の評価資料の収集・分析に追われる「評価疲れ」の課題に対しては,「形成的評価※2を最大にし,ミニ総括的評価※3を最小にする」という評価の原則を大胆に採り入れる必要があります。

 新学習指導要領は4技能の総合的な育成に加えて,4技能を統合的に活用する技能(integrated skill)の育成を求めました。例えば「聞いたり読んだりしたことなどについて,問答したり意見を述べ合ったりなどする」活動は,統合的な技能の評価に用いられます。このとき,@理解の能力と表現の能力の両方を評価する,A(最後の)表現の能力のみを評価する,の2つの考えがあります。TOEFL iBTは,受験者の総合的な熟達度を判定するために,Aを採っていますが,我が国の中学校英語では,生徒の到達度をきめ細かく評価するという観点から,@を採るべきかどうか,実践を通して賢明な選択をしたいと思います。

※1 PDCAサイクル …〔plan(立案・計画),do(実施),check(検証・評価),action(改善)の頭文字を取ったもの〕行政政策や企業の事業活動にあたって計画から見直しまでを一貫して行い,さらにそれを次の計画・事業にいかそうという考え方。(『スーパー大辞林3.0』(三省堂)より)

※2 形成的評価 …生徒の学習の進行状況をモニターし,生徒と教師にその情報を継続的にフィードバックして学習を支援するために行う評価。

※3 ミニ総括的評価 …生徒の最終成績の決定に使う評価情報を,学習指導期間の全般にわたって小分けして収集するために行う評価。

松沢伸二 (まつざわ しんじ)
新潟県糸魚川中学校教諭,大妻女子大学中野女子高校教諭などを経て,現在は新潟大学教育学部教授。専門分野は英語教育学。特に,外国語コミュニケーション能力の養成を重視するコミュニカティブ・ティーチング理論を,日本の学校英語教育でのカリキュラム,教材,学習指導,テスト・評価,教員養成,教員研修,校内研究などに応用する研究を行っている。主な著書に『基礎能力をつける英語指導法』(共著,大修館書店),『英語教師のための新しい評価法』(大修館書店)などがある。新潟大学教育学部英語学会会長,コミュニカティブ・ティーチング研究会顧問,関東甲信越英語教育学会副会長。

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