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英語教育リレーコラム

新高校学習指導要領を読む―解説をふまえて 改訂の3つのポイント

金子 朝子 (昭和女子大学)

はじめに

 平成25年4月の入学生から年次進行により段階的に適用される新高等学校学習指導要領外国語科の解説がようやく出された。この解説をふまえて,今回の改訂のポイントである,(1) 4領域の言語活動を統合したコミュニケーション能力育成,(2) コミュニケーションを支える文法指導,(3) 学習の定着と高等学校の学習への円滑な移行,について考えてみたい。
 

(1) 4領域の言語活動の有機的な統合

A. 「コミュニケーション英語T-U-V」,「英語表現T-U」の流れ
 必履修科目の「コミュニケーション英語T」では,4技能を結び付けた言語活動を通してコミュニケーション能力を育成する。ここでは,比較的平易な内容を学習させ,高等学校における英語の学習の基礎を培うと解説されている。「U」では,「T」で養った基礎的な能力を伸ばすことを目指し,例えば,報告や討論を聞くことや評論や随筆を読むこと等が加わる。「V」ではさらに,社会生活において活用できるまでに能力を伸ばすことを目指している。

 発信型英語力育成のための「英語表現」は,「T」で情報や考えなどを伝える能力を養い,即興で話す,発表する,他の意見との比較をして書く等を行う。「U」では課題を解決する目的を持って英語を発信する能力に至るまでを身に付ける。

 このように見ていくと,「コミュニケーション英語」も「英語表現」も,「U」「V」ではかなり高レベルのコミュニケーション能力を付けることを目指していることがわかる。トロント大学のB. Cummins (1979) は,バイリンガル(2言語使用者)の子どもが会話能力では母語話者に近いのに,学業成績ではそうとは限らない理由を調べ,言語運用能力には日常会話が不自由なくできる能力BICS(Basic Interpersonal Communication Skills=対人関係処理のための基本的なコミュニケーションスキル)と,授業内容を理解し,自ら考え,創造的に読み書きできる能力CALP(Cognitive Academic Language Proficiency=学業に必要な事柄を理解し考えることができるための言語運用能力)の2種類があると提案した。今回の改訂では,「T」でBICSを十分定着させ,「U」「V」ではCALPを身に付けるという流れができていると考えられよう。「T」と「U」「V」の間にはかなりのギャップがあることを覚悟する必要がありそうだ。

B. 「有機的」な活動と指導
 コミュニケーションのためには,「聞き,話し,読み,書く」ことすべてができなければならない。現行の「英語T」の指導は,文法・訳読が中心で,「オーラル・コミュニケーションT」でも「聞くこと・話すこと」の指導が十分には行われていないことが課題であると中央教育審議会は指摘した。これに応えて,改訂では,4技能を有機的に結び付けることを強調した経緯がある。

 新しい科目構成では,現行の「英語T」「英語U」「リーディング」が「コミュニケーション英語」に集約されている。また,発信力を磨くために「ライティング」が「オーラル・コミュニケーション」と統合されて「英語表現」に,さらに「オーラル・コミュニケーション」は「英語会話」でも扱われるという編成である。大きく編成替えをしたからには,「コミュニケーション英語」で文法と4つの技能をバラバラに指導したのでは意味がない。解説では,「有機的」とは1つの技能の指導のみを行うのではなく,現実の言語の使用場面のような自然で円滑なコミュニケーションを反映して,他の技能と有機的に結び付けたり,言語の使用場面と働きを自由に組み合わせたりすることを指すと記述している。

 しかし,授業で有機的な活動をどう行うかについてはヒントが少ない。例えば,学習指導要領の「コミュニケーション英語」の「内容」の記述でさえ,聞くこと,読むこと,話すこと,書くことをそれぞれ別項目としている。解説ではいくつかの活動が統合された提示も一部あるが,4技能を統合するという具体的な活動のイメージが明確ではない。

 詳細をひとつひとつ学習指導要領解説に提示することはもちろん無理なことで,それは現場の教師に委ねられていると考えて良いだろう。こうした点に配慮した,豊富な言語活動を掲載した教科書も求められる。
 

(2) コミュニケーションを支える文法指導と言語活動

A. 文法の取り扱い
 新学習指導要領では文法指導の必要性がより明確にされているが,それは文法の規則を知識として教えるのではなく,コミュニケーションを支えるものとして文法を捉え,文法指導を言語活動と一体的に行うように改善することを意図したものである。

 科目改訂の要点として,「コミュニケーション英語T」では,言語活動と効果的に関連付けながら「すべての文法事項をこの科目で適切に取り扱うこととした」と解説されているが特にその理由の説明がない。考えられるのは,今回,必履修科目とした「コミュニケーション英語T」では,高等学校で学ぶべき文法事項を網羅しておきたいという理由ではないだろうか。もちろん,「T」の目標は比較的平易な内容を学習しながら,高等学校における英語の学習の基礎を培うことであり,ここで扱う文法はそれぞれの事項の基本の部分となる。したがって,これまで「英語U」で扱っていた文法の内容そのままを移行するのではない。まず「T」ですべての基本を学び,言語活動を通して定着を図る。「U」「V」ではさらに幅広い言語活動を通して理解をより深めるとともに,知識に留めず運用力としていくことが趣旨と考えられる。

 また,文を「文型」という型によって分類するような指導に陥らないように配慮し,文の構造自体に目を向けることを意図して,従来の学習指導要領で用いられていた「文型」に替えて「文構造」という語を用いたとの解説がある。動詞に続く目的語がto不定詞/動名詞/that節のうちどれなのかといったように,文型ではなく構造に注意を向ける必要があることが例示されている。より広い英文の構造を表すものとして「文構造」という語が用いられ,中学校の新学習指導要領でも共通して「文構造」が使われている。ただし,例示されている文構造はこれまでの文型とほとんど変わらない。指導内容よりも指導方法の改善を目論んでの変更ではないだろうか。

B. 授業は英語で行う
 解説では,英語の授業を基本的には英語で行うことに関しての説明がかなり長い。生きた英語を学ぶという趣旨には賛成するが,実施にはいくつか問題がある。高校の入学時点ですでに生徒の学力が多様化しており,日本語の授業でも理解が困難な生徒もいる。教師側も授業で英語を使用することに慣れていないため,ある程度の期間,準備や研修が必要であろう。このように考えると,定められた進度の中でどの程度英語による授業を行うかは,実情に合わせて各学校が適切な裁量をする必要があろう。

 もともと授業を英語で行うことは教室という場をコミュニケーションの練習の場とする1つの方法であり,それ自体が目的ではない。文部科学省も「難しい内容は日本語でも良い」,また,「生徒の理解に応じて配慮」してほしいとも述べている。科目の名称に「コミュニケーション」が付いたのも,必ず言語活動を授業で行うことを明確にするためであり,4技能を統合した活動中心の授業では教師が英語を使う機会も多くなるであろう。解説によれば,この規定は授業をコミュニケーションの場とすることの重要性を強調するもので,「英語による言語活動を行うことが授業の中心となっていれば,必要に応じて,日本語を交えて授業を行うことも考えられる」と明記されている。

 授業での教師の言語使用には,@日常会話的なやり取り,A授業運営のための指示,B授業の核となる知識の伝達,の3種類がある。残念ながら今回の学習指導要領には,これらのどこで英語を使用すべきかが示されず,すべてをまとめて「授業は英語で」がひとり歩きしている。まず英語で行いたいのは,@とAであろう。Bについては,言語活動自体はもちろん英語によるが,その他は生徒のレベルを考慮した使用が望まれる。最も懸念されるのは,教師が教室を自分の英語運用力を高めるための練習の場にしてしまうことだ。学習者の英語力にはある幅がある。低レベルの部分の英語にしか触れるチャンスがなければ,いくら英語で授業を行っても力は伸びない。ただやたらにコミュニケーションのみを行う授業で英語力が付かないのはこの区別がされていないからだ。生徒が持つ力の最高レベルを押し上げながら認知力を駆使して意味を伝え合うチャンスを十分に与えれば,運用力が伸びることがわかっている。母親言葉のように,生徒の理解を促し持っている力を引き出すことのできるような方法で,豊富な英語のインプットを与えながら授業をすること,それが重要なのだ。
 

(3) 定着と移行

A. 定着させることの重要性
 中学校から高等学校まで,教師が毎年教える英語の知識・技能量を100とし,生徒の習得能力が80%の者と50%の者に分けて,各学年の完全習得される英語量を単純計算してみると,次の表のようになる。中2以上の分母に,前の年の習得量に新しく学ぶ100が加えてあるのは,英語の学習は,今持っている知識・技能に新しい知識・技能を加えて,常に全体を組み替えながら学んでいくものだからだ。もっとも,実際の英語の学習では,習得量を決定するさまざまな要因があり(ex. 動機,学習スタイル,個性など),この表のとおりに進むとは限らない。

学年 中1 中2 中3 高1 高2 高3
80%習得者

80/
100

144/
(80+100)

195/
(144+100)

236/
(195+100)

268/
(236+100)

294/
(268+100)

50%習得者

50/
100

75/
(50+100)

88/
(75+100)

94/
(88+100)

97/
(94+100)

99/
(97+100)

高い学習力,例えば授業の80%を習得する力を持っていても,努力しなければ,数字上では高校卒業時にやっと中学の内容を終わった程度になってしまう。50%の生徒がいるとすれば,悲惨な結果となる。どれほど分母を増やすこと,つまり基礎の定着が重要かは明白だ。中学校でも平成24年4月から授業時数週3時間が4時間に増え,基礎の充実を図ることになっている。その効果が多いに期待されるところである。

B. 「コミュニケーション英語基礎」の位置付け
 中学校における基礎的な学習内容を整理して指導し,「コミュニケーション英語T」における学習へ円滑に移行することをねらいとしている「コミュニケーション英語基礎」の導入は画期的と言える。しかし,時間的な制限を考えるとなかなか難しい判断を迫られる。例えば,1年生の前期に「基礎」を履修すると,後期は「T」を履修することとなる。「T」で学ぶべき事項はかなり膨らんでいるので,「基礎」を必要とした生徒が「T」を1年間で身に付けるのは困難なのではないだろうか。1年半程度をかけて「T」を終わることが目安となるのだろうか。「学校や生徒の実態に応じて行うことが大切」と解説にあるように,是非とも,知識を詰め込むのではなく,「T」で学ぶ内容を十分に運用できる力を付けるために,豊富な英語活動を通してせめて「T」の内容は十分定着させたいものだ。
 

最後に

 「ゆとり教育」からの脱却のため,義務教育段階での学習内容を着実に定着させ,コミュニケーション能力を身に付けることをポイントとした改訂ではあるが,その一方で「はどめ既定」が原則的には削除され,教科書の難易度の幅もさらに拡大することも懸念される。授業を英語で行うことも含めて,ますます現場の教師の指導力が重要性を増してくる。教員の研修や,採用条件も含めた条件整備が急務ではないだろうか。

 

金子 朝子 (かねこ ともこ)
昭和女子大学教授。専攻分野は第二言語習得,英語教育(特に英語学習者コーパス,教室内のインタラクション)。主な著書に『中学総合的研究英語』(旺文社),『第二言語習得序説』(研究社)など。

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