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英語教育リレーコラム

新学習指導要領を読む 小学校外国語活動について ―「コミュニケーション能力の素地」に焦点をあてて―

酒井英樹(信州大学)

1.はじめに

 2008年3月28日に新小学校学習指導要領が告示されました。外国語活動の目標を見てみると、「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う」とあります。

 コミュニケーションを図ろうとする態度だけでなく、言語や文化についての体験的な理解も重要視されています。例えば、指導する内容について、外国語を用いて積極的にコミュニケーションを図ることができるように指導することと、日本と外国の言語や文化について、体験的に理解を深めることができるように指導することに分けられて、指導項目が挙げられています。前者の指導内容としては、「(1) 外国語を用いてコミュニケーションを図る楽しさを体験すること。(2) 積極的に外国語を聞いたり,話したりすること。(3) 言語を用いてコミュニケーションを図ることの大切さを知ること。」と書かれており、後者の指導内容としては「(1) 外国語の音声やリズムなどに慣れ親しむとともに、日本語との違いを知り、言葉の面白さや豊かさに気付くこと。(2) 日本と外国との生活、習慣、行事などの違いを知り、多様なものの見方や考え方があることに気付くこと。(3) 異なる文化をもつ人々との交流等を体験し、文化等に対する理解を深めること。」とされています。

 小学校学習指導要領の中に今回初めて「外国語活動」の章が設けられました。さまざまな観点から、この学習指導要領を読むことが可能だと思います。思いつくままに挙げるだけでも、総合的な学習の時間との違い、アルファベットなどの文字の扱い、他教科との関連、指導者や指導教材について、などがあります。本エッセイでは、特に「コミュニケーション能力の素地」に焦点をあてたいと思います。「コミュニケーション能力の素地」とは何でしょうか。この問いの答えのヒントを得るために、中学校「外国語」の学習指導要領で、小学校の外国語活動でどのような力をつけていることを前提として書かれているのかということを考えてみます。特に、現行の学習指導要領と、新学習指導要領で変更されている部分に注目してみます。

2.コミュニケーションに対する積極的な態度と音声的な力

 中学校学習指導要領の中で、各学年の指導に関する配慮事項として、「小学校における外国語活動を通じて音声面を中心としたコミュニケーションに対する積極的な態度などの一定の素地が育成されることを踏まえ」ることという文言が追加されています。また、英語の4技能ごとの目標について、現行の学習指導要領では「英語を聞くことに慣れ親しみ、初歩的な英語を聞いて相手の意向などを理解できるようにする」「英語で話すことに慣れ親しみ、初歩的な英語を用いて自分の考えなどを話すことができるようにすること」と書かれていたものが、新学習指導要領では「英語で聞くことに慣れ親しみ」と「英語で話すことに慣れ親しみ」という最初の部分が削除されました。

 これらのことを考えると、小学校で育成すると期待されているコミュニケーション能力の素地の中には、

@ コミュニケーションに対する積極的な態度
A 英語を聞くことに慣れ親しんだり、英語で話すことに慣れ親しんだりするなど音声的な力

が含まれるだろうと思われます。これは、上記の外国語活動の目標の「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら」の部分に応じたものと考えられます。

3.コミュニケーションの働き

 中学校に関して、現行の学習指導要領から導入された言語の働きの例の項目立てが、新学習指導要領では細かくなり、(a) コミュニケーションを円滑にする、(b) 気持ちを伝える、(c) 情報を伝える、(d) 考えや意図を伝える、(e) 相手の行動を促す、という5つになりました。この5つの項目は、小学校学習指導要領の外国語活動においては、コミュニケーションの働きの例として挙げられています。内容の取り扱いの配慮事項として、「言葉によらないコミュニケーションの手段もコミュニケーションを支えるものであることを踏まえ、ジェスチャーなどを取り上げ、その役割を理解させるようにすること」とされています。

 このことを考えると、コミュニケーション能力の素地の中には、上記の2項目に加えて、

B コミュニケーションの中における機能(コミュニケーションを円滑にする、気持ちを伝える、情報を伝える、考えや意図を伝える、相手の行動を促す、など)を理解したり、(言葉によらなくても)果たすことができる力

が含まれると考えられます。

4.終わりに

 まとめると、小学校学習指導要領と、中学校の現行及び新学習指導要領を比較することによって見えてくる「コミュニケーション能力の素地」とは、少なくとも、「基本的な表現について、聞くことに慣れ親しんだり、話すことに慣れ親しんだりするなど音声的な力。及び、コミュニケーションの中における機能(コミュニケーションを円滑にする、気持ちを伝える、情報を伝える、考えや意図を伝える、相手の行動を促す、など)を理解したり、(言葉によらなくても)果たすことができる力や、これらの機能を積極的に果たそうとする態度」を含むのでないかと考えられます。今回行ったような整理の方法では、コミュニケーション能力の素地における、言語や文化についての体験的な理解の位置づけはあまり見えてきませんでしたが、外国語活動の目標を見れば、言語や文化についての体験的な理解もコミュニケーション能力の素地を作る上で重要視されていることを忘れてはいけないと思います。

酒井 英樹(さかい ひでき)
長野県内公立中学校教諭、上越教育大学専任講師を経て、現在は信州大学教育学部准教授。研究分野は、第2言語習得(SLA) 及び英語教育学。特にコミュニケーションにおけるフィードバックの役割 (気づきとの関係)、授業分析によるインプット研究 (teacher talk)、リーディング指導など。著書に、小学校英語活動用テキスト『KIDS CROWN』(共著・三省堂)、中学校英語検定教科書『NEW CROWN ENGLISH SERIES』(共著・三省堂)、『英語が使える日本人の育成―MERRIER Approachのすすめ』(共編・三省堂)、『小学校と中学校を結ぶ―英語教育における小中連携』(大下邦幸・松川禮子編著 共著・高陵社)、『ELPA「英語診断テスト」プロジェクトの軌跡―英語診断テスト開発への道』(共著・NPO法人英語運用能力評価協会)等。

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