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1.読書体験私は幼少の頃から本が好きで、目についたものから手当たり次第に読んでいました。幼少期に毎晩ディケンズを読んでもらったというある先生の話を聞いたときは、自分の環境との違いに大きな衝撃を受けました。私の子どもの頃家にあった本は男性週刊誌か婦人月刊誌くらいで(そんな雑誌の情報・知識もしっかり吸収しました)、いつも活字に飢えていて、近所の玄関先に積んであった古本や漫画本も読み漁りました。 小学生時代は少女漫画の最盛期で、手に入る漫画は何でも読み、飽かず読み返していました。漫画と言えども今思いだしてもすぐれた作品があり、中には古典文学や歴史、世界文学に開眼させてくれたものもあります。学校や地域の図書館では、面白そうな題名だけを頼りにいろいろな本を読みました。André Gideの『狭き門』に出会ったのは小学5年生くらいで、キリスト教信仰やプラトニック・ラブについて真剣に考えた(!)一方で、たぶん多くの人が幼少期に読む『星の王子さま』などは存在も知らずに成長していました。 2.『星の王子さま』との出会い中学や高校での国語の授業や読書案内は私のちぐはぐな読書体験を多少修正してくれましたし、高校時代には日本文学と世界の文豪の大作をかなり制覇できました。一方で英語の教科書は、それまで知らなかった文学との出会いや原書で読む楽しみを教えてくれました。当時は教科書にも英語長文問題集にも多くの文学作品が引用されていて、たまらなく向学心を煽ってくれました。そのころはSomerset Maughamあたりが主流で、もちろん読みましたし、Malamud などのアメリカ現代作家の読書も、長文問題集の1ページ目から始まりました。 Saint-Exupéryの『星の王子さま』との出会いは、CROWNの英語教科書でした。中学生の頃に姉の国語教科書で「うわばみ」の話を読み、不思議と心に残っていたお話に、2年生の英語教科書(当時はCROWN ENGLISH READERS BOOK TWO)で再会したのです。“Frighten? Why should anyone be frightened by a hat?” という部分は、授業で読まれた先生の口調まで覚えています。その夏に、町へ出かけて書店で探し出したのが英光社版の “The Little Prince” です。英訳初版本のKatherine Woodsの英文が1冊の本になっていて、注釈本が分冊のセットものでした。これが自分にとって初めて洋書を読んだという快感となりました。何よりも福田陸太郎氏による分冊の注釈が素晴らしく、今度は作者Saint-Exupéryへの興味が深まり、それ以降は手に入る作品の翻訳や伝記をほとんど読むことになります。このことが大学進学時に仏文学を選ぶことの一因ともなりました。 3.My ÁntoniaCROWNシリーズの教科書の思い出については、まだまだ語り足りません。高校1年で最初に習ったレッスンは南北戦争に関する物語で、the Civil Warという表現を覚えたのと、内戦の悲劇や国家独立までの困難を知り、歴史への関心が深まりました。Einsteinの相対性理論や哀しい蛾の話など、いまも思い出すレッスンが多いのですが、何と言っても忘れがたいのはWilla Catherの “My Ántonia” です。ボヘミアからアメリカに来た貧しい移民の家族との交流を描いた物語の一編でした。一家の柱であった亡き父に代わって農作業に携わるアントーニアのイラストも、よく覚えています。いつか原書を買って全編を読もうと心に決めていたので、大学に入ってすぐ、洋書店で購入しました。ところが眺め読みだけであれから数十年、何と今年になってようやく読み通しました。文学作品としての価値は別として、教科書のあのページがまざまざとよみがえり、感無量でした。「本の虫」の自分としては、教科書には多くの収穫や知的探索の出発点があり、感謝に堪えません。 4.教師として再び取り組む、新しいCROWNシリーズさて、ようやく本題である、教師として授業を通しての「心に残るあのレッスン」となりますと、正直言えば戸惑いがあります。時代は流れて、教科書にも英語長文問題集にも文学作品が登場することは少なくなりました。いまMaughamを読む若者はどのくらいいるのでしょうか。文学、哲学、歴史といった専門科目よりも、実用的な学問が人気の時代です。教科書も問題集も現代用語のキーワードをテーマにしたような題材が多く、社会的な諸問題への関心を深める意図は十分わかります。しかし、読書の指南となり人生に大きく影響するかも知れない文学作品も、軽視せずに扱っていってほしいものです。 新課程で大幅に改訂されたCROWN シリーズは英文が読みやすく、語彙レベルも下げられたため、勤務校では平成15年から採用しています。CROWN English Series I に関しては、今年度からの改訂で私の好きなWhen Thoughts Froze in the AirやHarry Potterが消えたのはたいへん残念です。それでも全体には内容の充実した教科書であると思いますし、いくつかのレッスンは気に入っています。 一番心に残るのはLesson 7のNot So Long Agoです。科学技術や通信技術が飛躍的に進歩した20世紀はまた、2回の世界大戦が象徴する戦争の世紀でもあったことをこのレッスンでは強調しています。10歳くらいの少年が赤ちゃんをおぶって立っている写真を説明する英文があるのですが、あくまで記述的で、推測や感想は抑えられています。そんな本文から写真を見直すことで、少年の置かれた状況や心情を様々に連想させられます。採用初年度の授業では写真から想像される少年の状況について、生徒にエッセーを書かせました。昨年の授業では、黒板でマッピングをしながら、授業中に生徒の意見をまとめました。no shoes → very poor → nothing to eatなどの単純なマッピングから、少年には両親がいない、今着ているほかに服も持ち物もない、赤ちゃんはミルクも食べ物もなく衰弱して死んだ、少年には帰る家も身よりもない、など生徒の推測や意見が発展しました。「1945年 長崎」に注目して、家族は原爆で亡くなった、という意見が出ました。その焼き場では多くの被爆者が焼かれていたのかもしれません。マスクをした人の記述から、恐らく死臭が漂っている悲惨な事態が、写真には写されていない風景として見え始めました。唇を噛みしめた少年の苦境や、その姿を見ても誰も声をかけないという当時の事情など、考えさせられることが多くありました。黙って焼き場を去っていった少年はその後どうなっただろう、という問いに答えはでませんでした。このレッスンの最後に、“There should never be war again.” という言葉があり、少年の写真とともに心に残っています。ほぼ同じ時期に家庭学習用の読み物教材 “Hiroshima” を読んだ生徒たちの多くが、その読後レポートに戦争や原爆について感想を書く中で、この言葉を引用していました。21世紀になってなお世界で終わることのない戦争について、教師も生徒も考えさせられるレッスンでした。この他、CROWN I ではGood Ol' Charlie Brownも漫画が効果的に紹介されており、人生における真のwinnerとはどんな生き方であるか、示唆に富んでいました。 教科書が私の文学体験の出発となったように、また多くの生徒にとって人生や社会についての思索の手がかりとなっているように、教科書での出会いは貴重です。CROWNシリーズを始め、これからもよりよき教科書が作られていくことを祈ります。 仲井 美喜子(なかいみきこ) Copyright (C) SANSEIDO publishing co.,ltd. All Rights Reserved. |