教育サポート書籍
中洌正堯・国語論究の会 著
定価(本体2,500円+税) A5 296ページ現代の高校生の言語表現力、その内容と技能は、どのような状況にあるか。その言語表現力を導き出すために、どのような学習指導上の工夫や努力が重ねられているか。本書は、個人の篤志家の実践の集大成ではなく、研究会に集ういわば教師集団の日常の実践を提示し、今後の実践の交流と進展のために、話題提起を意図するものである。
研究会は、「国語論究の会」と称している。隔月の例会では、教科の専門からの発表と教科の教育からの発表とがなされる。本書に掲載した高校生の数々の表現は、ほぼ教科の教育において産出されたものによっている。
実践の成功、失敗(どちらも「完全に」ということはなく、可能性を残している)は、生徒の言語表現においてあらわである。研究会での実践発表への関心は、まず、産出された生徒の表現に引き寄せられ、次に、その作品を産出せしめた指導者の学習指導上の工夫や努力へと移っていくのが一般である。
本書に載録した個々の実践の記述形式も、右の関心の方向に沿うようにした。すなわち、「はじめに」でその実践の簡単な性格づけを行い、すぐに「生徒の表現」に入る。この分量を最大とし、後はその表現を産出せしめた「学習指導の展開」、「評価」、さらに、この実践からの「発展」について記述することにしたのである。
さて、全体の編集をどうするか。本書の企画が本格化するのには数年を要しているが、その間に、私は、「『書くこと』の教育のカリキュラムの変遷」の仕事(国立教育政策研究所、二〇〇二)に従事した。そこで得たわが国の書くことの教育の歴史における一〇の系統(たとえば⑩番目は、「言葉遊び・パロディー・コピー系統」)が参考になった。結果として、本書の次の章立てにたどりついた。
第一章 表現のデッサン
第二章 模倣・パロディーの表現
第三章 文字・映像・リズムの表現
第四章 虚構の表現
第五章 交信の表現
第六章 解釈の表現
第七章 論理の表現
第八章 イベント評価の表現
付 章 実践の展開のために
第八章まで各章三~五編以内とし、一人四編を最大としている。一四人の執筆者による三二編の実践発表という構成である。各章の扉の解題は、河野智文氏による。
本書の企画の本格化までに、もう一つの重要な事柄があった。それは、「高等学校学習指導要領 国語編」(平成一一年版)の改訂の仕事に参画したことである。「国語表現Ⅰ」「国語表現Ⅱ」の検討グループに所属した。国語による表現の重要性が指摘され、「国語表現」という科目が、高等学校国語科において必須の役割を担っていることを思い、「国語論究の会」の実践を踏まえて発言した。
ここで忘れてはならないのは、「国語表現」には、従来の「現代語」が吸収されたことである。そのために、「国語表現Ⅰ」の内容のオに、「国語の表現の特色、語句や語彙の成り立ち及び言語の役割について理解を深めること。」を置き、内容の取り扱いに、オについては「古典の表現法、語句、語彙なども関連的に扱うようにする。また、現代社会における言語生活の在り方や言語表現の役割について考えさせるようにする。」としている。
「古典の表現法、語句、語彙」の扱いに関連して、1唱歌等の歌詞の意味と表現法、2対句、並列、対偶の表現法、3慣用語句やことわざの表現法、標語やコピーの表現法、4あいさつことば(共通語と方言)の成立、5俳句の季語の成立、6近代の文章の表現法などについて考察した。これらも高校生の表現の一翼に加えられてよい。本書に、その可能性は見えている。
なお、本書の副題の「対話」は、広義のものである。「対話」は今日の人間的課題であるが、対象はもちろん「ひと」には限らない。それぞれの実践における「対話」の意味を探ることも、本書の読みの楽しみの一つとしていただきたい。
本書が、高等学校の新たな「国語表現」のために、刺激をもたらし、実践の充実に寄与することができれば望外の喜びである。
二〇〇三(平成一五)年五月
兵庫教育大学長 中洌正堯
粟井光代 兵庫県立津名高等学校
石田 誠 大阪府立桜塚高等学校
井上雅彦 兵庫県立小野高等学校
遠藤和子 兵庫県立高砂南高等学校
大槻温子 兵庫県立龍野南高等学校
大西光恵 私立愛徳学園高等学校
尾崎寛子 岡山県立倉敷南高等学校
久保瑞代 西宮市立西宮高等学校
熊代一紀 岡山市立岡山後楽館高等学校
高田真理子 兵庫県立明石北高等学校
中西英代 兵庫県立播磨南高等学校
光武一成 兵庫県立農業高等学校
山本陽子 兵庫県立伊和高等学校
松本邦夫 西宮市立西宮高等学校
河野智文 兵庫教育大学
中洌正堯 兵庫教育大学
はじめに 1
第一章 表現のデッサン 7
描写することから始める文章表現 自分のことばを実感しながら書く ▼山本陽子 8
三分間スピーチで自己発信! 「話す」「聞く」を磨く体験を通して「話すこと・聞くこと」を考える
▼高田真理子 15
作文とスピーチ「自分を見つめて」 自己を形成した出会い
▼大槻温子 24
第二章 模倣・パロディーの表現 35
真似て書く、ひねって書く 「随想」「父への手紙」「短歌付句」「パロディー百人一首」 ▼光武一成 36
パロディーを作ろう 楽しい入門期の古典学習 ▼山川庸吉 45
イミテーションを作ろう 楽しい現代文の表現学習 ▼山川庸吉 53
第三章 文字・映像・リズムの表現 63
生徒の選んだ西宮高校めい句集 ▼久保瑞代 64
漢字の魅力 再発見! 漢詩もどき「四字熟語で『私の夏休み』を紹介!」 ▼高田真理子 73
コンピュータ利用の国語表現/動的な詩の創作 「一七才の詩」 ▼遠藤和子 81
第四章 虚構の表現 87
芥川龍之介『羅生門』による表現活動 下人の出会ったのが老婆でなかったなら ▼石田誠 88
主人公に同化して『山月記』を読むために 読解と表現 ▼久保瑞代 97
Kの日記、〈私〉の日記 夏目漱石『こころ』による表現活動 ▼石田誠 106
豊太郎のその後を追う 『舞姫』の授業から生まれた現代高校生の表現 ▼井上雅彦 115
小説を書こう 『小説集 うそ』より ▼光武一成 122
第五章 交信の表現 131
人と人とをつなぐ手紙文 手紙のやりとりの中から、自分を見つめ直し、新たに発見していく ▼大西光恵 132
高校生の往復書簡 校種や学年を越えて互いの思いを語る ▼遠藤和子 139
作者に手紙を書こう 楽しい入門期の古典学習 ▼山川庸吉 146
ひとつの命を見つめる 「永訣の朝」から ▼粟井光代 155
授業の人間関係を育てる自己評価・他者評価 授業から学習共同体(learning community)へ ▼熊代一紀 164
第六章 解釈の表現 173
生と死を考える 小説教材と絵本を併せ読む ▼遠藤和子 174
大人になることとは 同じ筆者の小説とエッセイを併せ読む ▼遠藤和子 181
私の「である」ことと「する」こと 筆者との対話によって生み出された表現 ▼井上雅彦 188
『平家物語』を読む 「忠度の都落ち」を読み、心情を表現する ▼大西光恵 195
『源氏物語』を読む 現代語訳で量を読む ▼光武一成 201
第七章 論理の表現 211
論説文を書く 新聞記事や学校図書館を活用して「生と死」についての文章を作成する ▼大西光恵 212
評論「水の東西」を用いて書くことの力を育てる 対比構成によって「私の文化比較論」を書く ▼井上雅彦 218
作品論・作家論に挑戦 『宮沢賢治論集』より ▼光武一成 226
愛の不可能性について 『伊勢物語』『源氏物語』に基づく紙上ディベートと短作文 ▼石田誠 235
多様な言語活動を行う機会を持つ 文化祭のクラス対抗ディベートにおける表現 ▼尾崎寛子 244
第八章 イベント評価の表現 257
読書の魅力にふれて 朝の読書を体験した生徒の感想 ▼中西英代 258
生徒が心から感動した時の表現 芸術鑑賞会の感想文&メッセージから ▼久保瑞代 264
視野を広げる 海外修学旅行から ▼粟井光代 273
付章 実践の展開のために 283
言語表現の学習指導における評価の内容と方法
▼中洌正堯 284
あとがき 293